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● 外伝第4話 --- あこがれ ●

「あ、もうこんな時間か……」
 かえでは時計を見て勉強をする手を止めた。もう日付が変わりそうなくらいの遅い時間だ。
「ホント、時間が経つのは早いなぁ」
 かえでは現在中学三年生。高校受験の真っ最中。遅い時間まで起きているのは少しワケがある。
「もう少しだから、がんばろうよね」
 ふぅっとため息をついて机の上のノートを閉じた。一冊にはかえでの名前、もう一冊には『竜太用』と書かれている。学校の成績が良いかえでは竜太の受験勉強を手伝っていて、彼のために遅くまでかかって受験対策ノートを作っていたのだ。
「よし! ちょっと気分転換しよっ」
 そう言って本棚の少し厚めのノートを取り出して、しおりの挟んであるページを開いた。ノートはどうやら日記帳のようだ。今日一日の出来事を思い出してみる――。
『十月○○日。今日は進路の先生に怒られた。中間テストの成績が悪かったからだ。アイツの成績が上がったので喜んでいたのに――ショック!! どうしたらいいのかな……』
 と、ここまで書いて日記帳をパタンと閉じた。
「う〜、なんか気持ちが乗らないなぁ……。 ダメダメこんなんじゃ。西園寺かえで! こんなことくらいで落ち込んでどうする」
 そう言って自分を励まして日記帳を元の場所に戻そうとした時、ふと次の日曜日に丸印がつけてあるカレンダーが目に入った。
「そうか――来週か……」
 すると、昨日下校時の竜太との話を思い出した。
 
『かえで、来週の日曜日は勉強はパスさせて欲しいのだけど』
『なんか用事があるなら別にいいけど――何かあるの?』
『桜ヶ丘体育館で秋の昇段試験があって、試験を受ける後輩たちと桜ヶ丘高校の先輩の応援に行きたいんだ』
『そうなの。ここ最近休みごとに勉強漬けだったから、たまには気分転換ってのもいいかもね』
『だろ。気分転換って事でかえでも来たらいいのに。薙刀とはちょっと違う世界だぞ』
『そうだね。ところで桜ヶ丘高校の先輩って?』
『ああ、東堂先輩だよ』
『東堂先輩って、竜太をよく部活で面倒見てくれた――』
『そう! 東堂しのぶ先輩。ものすごく剣道がうまくて、かっこよくて、頭も良くて、きれいだし――』
 かえでは、竜太が憧れている先輩の話をはじめだしたので少しムッとなった。
(なによ! 東堂先輩のことになるとあんなにうれしそうに話をして。頭が良くて、きれいですって。ここに私がいるじゃない!! そんなにきれいじゃないけど……。でも誰がアンタの勉強を手伝ってあげていると思ってるの!)
 本当はこれくらい思いっきり竜太に言ってやりたかったが、竜太の本当に楽しそうに話をするのでその言葉を飲み込んだ。
『かえで――なんか怒っているのか?』
『えっ? ううん。別に――あっ、やっぱり私、日曜日は行くのやめておく。私もたぶん家の用事あるみたいだし』
『そうか、無理にとは言わないけど』
『まあ、受験生なんだからほどほどにね』
『わかってるって、試験が終わったらすぐ帰るから』
 
 かえでは竜太が憧れている東堂しのぶ先輩を竜太の聞き伝えでしか知らなかった。
「東堂しのぶ先輩ってどんな人だろう? アイツがあんなに憧れる人だからきっとすごくきれいで、すごい人なんだろうな……」
 その先輩が次の日曜日に昇段試験を受ける。昨日竜太には会場には行かないと言ったが、先輩を一目みたい気持ちになった。ちょっぴりライバル心も手伝って。
「よし! やっぱり行ってみようっと!」
 
 次の日の日曜日かえでは桜ヶ丘体育館にやって来た。もちろん竜太にナイショで――。こっそり来てすぐ帰るつもりなのと、竜太にだけは見つかりたくないので、人前ではかけない度の強いメガネをかけて、髪型もちょっぴりストレートからウェービーにかえて変装していた。しかしそんなことをしてもかえでを知っている人ならバレバレなのだが。
 会場の体育館にはかえでが思っていた以上に人がいるようで、何人もの気合いをかける声が響いていた。
「ふう〜ん。結構人が来ているんだ。なぎなたとは違って大人も子供も多いみたいだし」
 小さい頃は竜太の応援で剣道の試合に幾度となく来ていたのだが、剣道の段位試験は初めてだった。
 体育館の中に入ると中央で形(かた)の審査が行われていた。形の審査とは剣道の段位試験一つで二人一組で行い、一人が打太刀(うちたち:技を出させるもの)、もう一人が仕太刀(したち:技を出すもの)となり、日本剣道形(連盟で定められた技)を数本演武しその技の正確さなどが審査される試験のことである。
 かえでは目立たないようにこそこそ(そんなことするだけでかなり目立つと思うが)と観客席の隅に行って試験を見ることにした。
「あっ、女の人たちだ」
 かえでは女子二人で試験演武をおこなっている組を見つけた。その中で仕太刀を行っている人を見て、思わずその人の立ち居振る舞いに引きつけられてしまった。
「なんてきれいなんだろう――まるで舞をまっているみたい」
 その人は、きりりとした眼差しと表情が印象的で、すこし華奢なからだからは想像ができないほど力強い太刀さばきだった。また、演武が行いやすいようにと頭の上と腰の辺りの二箇所を結い止めている黒髪は、木刀の動きに合わせて柔らかく動き、太刀さばきとは対照的にベールをまとったかのような可憐さを引き立てていた。
「すごくかっこいい……」
 かえでは自分が女子であることを忘れるくらい心が揺り動かされた。自分が男だったら間違いなくこの人にほれてしまう。いや女であっても同じ気持ちになるだろう。そこまで思わせるほどの衝撃だった。
 
 やがてその人たちの演武が終わり、かえでがいる観客席に近づいてきた。
(あっ、あの人が東堂先輩)
 かえでは垂に『桜ヶ丘高校 東堂』と書かれていることに気がついた。すると、自分を見つめている人がいる事に気がついたその人がかえでに近づいてきた。
「こんにちは、もしかして――西園寺さん? かな」
 そうあいさつをいきなりされたかえではかなり驚いた。
「えっ? はいっ! わたし、西園寺かえでです!!」
「あっ、驚かせてごめんなさい。私、東堂しのぶです。はじめまして。中村くんから西園寺さんのことを聞いていたので、体育館に入ってきたときにもしかして西園寺さんかな? と思ったの」
「えっ? 私のことアイツ――いや竜太から聞いていたのですか」
「ええ。中村くんの幼なじみで背が高くて、怒らせたらとても強くて恐い女の子って……あっ、強くて恐いは余計よね。ゴメンなさい。変なこと言って」
(アイツ! 東堂先輩に何てこと言ってるの!! あとで覚えときなさいよ)
 かえでは心の中で竜太に対して少し腹が立った。そうしているうちに、しのぶは一息ついたのでかえでの横に座った。
「西園寺さん。今日は中村くんは一緒じゃないの?」
「えっ? あ、あの今日は用事があったのですけど、急に行ける様になって……。でも竜太には言ってなくて」
「じゃあ、わざわざ一人で。来てもらってありがとう。きっとみんなも喜ぶと思うわ。こうして応援してもらうと力になるから」
「いえ、そんな。ちょっと興味があったので。でも来て良かったです。こうして先輩にお会いできたから」
「うわっ、そう言ってもらえると、なんか恥ずかしいな」
 ちょっとはにかんで笑うしのぶ。すこし照れている。
「ところで、竜太はどこにいるでしょう?」
「中村くん? たぶん後輩の形の試験の練習を手伝っているんじゃないかな? さっきも外で教えていたから。呼んで来る?」
「いいえ、いいです。今日ここに来るって言ってなかったんで……」
「そう。ところで西園寺さんもうち(桜ヶ丘高校)を目指しているのね」
「はい、桜ヶ丘高校のなぎなた部に入りたいんです。それと――」
 と言って少し言葉を飲み込んだ。(竜太と一緒に入りたいんです)とはしのぶの前では言えなかった。その気持ちをわかっているのかしのぶは少し心配そうな表情で
「少し変なこと聞いてしまうけど、西園寺さんから見て中村くんはどうかな? ほら、彼は桜ヶ丘に専願と聞いているから……」
「えっ?」
「ゴメンね。気を悪くしないでね。たまたま中学校の剣道の顧問の先生から大変そうって聞いたからなの。でも彼ならこれからの桜ヶ丘に必要になると思うの」
 かえでは少し驚いて答えられなかった。自分の昇段試験の真っ最中なのに後輩の事を気にかけている。そんな人に今まで出会ったことがなかったからだ。かえでは胸が熱くなった。そしてしのぶにこう答えた。
「アイツ、いや竜太の今の成績ではかなり入試を突破するのは大変だと思います。でも、彼は――彼はそんな状況でもあきらめていません。私も彼があきらめない限りサポートしていきたいと思います。いや、絶対に一緒に入学します!!」
 決意にも似た答えだった。その言葉を聞いてしのぶはうなづくように微笑んで
「西園寺さんがそう言ってくれるなら、私応援して待っている。本当にがんばってね。あっそうだ」
 と言って、しのぶは自分の道具袋から小さなお守りを取り出した。
「これ、私がここを受験する時に剣道部の先輩から頂いたものなの。私も西園寺さんたちと同じように桜ヶ丘に入りたくてがんばっていた時にちょうど憧れていた先輩がこのお守りで励ましてくれて、本当に夢が叶ったの。だから今度はあなたたちの夢を叶えてほしいの。だからこれを持って行って」
「えっ? でも先輩の大切なものじゃ――」
「いいのいいの。これは今の私には必要ないものだから」
「でも、先輩の憧れの人からのものだったら私――困ります。先輩から大切な人を取り上げてしまうようで」
「大丈夫、安心して。確かにその時は憧れていた先輩だったけど、今はもう手の届かない所に行ってしまったから、ちょうど憧れも卒業かな。だから受け取って」
「……東堂先輩」
 かえではまた胸が熱くなった。そしてしのぶから白いお守り袋を受け取った。
「先輩。じゃあこのお守りはお預かりします。私たちが夢を叶えた時、桜ヶ丘に合格した時にお返しします」
 かえでは元気よく答えた
「先輩、見ていてください。絶対に二人とも合格しますから!!」
「がんばってね西園寺さん」
「はい!!」
「その返事を聞いて安心した。じゃあ、私これから筆記試験だから」

 かえでは、試験会場に向かって行くしのぶの後姿を見ながら、しのぶの姿にそして心に惚れ込んでいく自分に気がついた。そして竜太が何故しのぶに憧れているのかがわかった。

 家に帰ってから、かえでは借りたお守りをきちんとかばんの中にしまった。
(大丈夫、先輩が応援してくれるから)
 と、心に言い聞かせて。そして、今日一日の出来事はきちんと日記を書き記した。竜太にナイショで隠れて昇段試験の会場に行ったこと。そこでしのぶに会った事。しのぶから励まされたこと。お守りを借りたこと。そして最後にこう綴った。
『東堂しのぶ先輩 アイツの憧れのひと。そして今日からは私の憧れの人。心の底から思いっきり憧れるすごい先輩。ちょっぴり悔しいけどとても先輩には、姿、心、どれをとってもかなわない。今の私なら……。でも――でもいつか先輩に肩を並べるくらいのいい女(ひと)になってやる。アイツがびっくりするくらいのいい女に』

<おしまい>
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