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● 外伝第7話 --- 桜色の夢 ●

『夢で逢えたら』

『その夢はある日突然始まった。とても気になる夢。私がそこにいて、いつも誰かに話を聞いてもらっている。
 聞き手は誰かわからない。ただ、男の子だってことだけ。顔も格好もわからない。ただ声からすると私と同じ年くらいかな?
 きっかけはとても些細なことだった。学校からの帰り道、歩き慣れている何でもない道なのに突然足がもつれて転びそうになり、そのまま電柱に頭をぶつけてしまったのだ。目から星が出るほど痛かった。その時私の頭の中で、
「あぶない! 大丈夫?」
 と、声が聞こえたような気がした。たぶんそれからだと思う。
 その夜の夢の中に彼が現れて、心配そうな声で聞いてきた。
「今日は大丈夫だった? あそこは自転車で激突した子がいるから気をつけないと――」
 私は最初はいきなり人の夢に現れて『大丈夫』や『気をつけないと』といわれても困るので無視していた。もちろん夢の中でのこと。
 でも彼はそれから毎日私の夢に現れて、ずっと心配してくれたり、話しかけてくれたりした。
 私はリアルな世界でも毎日こんなに話しかけてくれる人がいなかったので、その彼にだんだん心を許すようになって、次第に話しをするようになった。学校の こと、勉強のこと、友達のこと、楽しかったこと、いやだったこと、うれしかったこと、悲しかったこと、そして……私自身のこと。
 いつしか、いつも私の方が彼よりも多く語りかけていることに気がついた。彼はただ『うんうん』と相槌をうちながら聞いているだけ……。
でも夢の中のことだから、目が覚めてしまえばそんな楽しいことは終わってしまう。また今日一日現実に晒されていく。このギャップは結構苦痛だった。普段の私は誰の目から見ても無気力な人だった。それが彼のおかげで日々の生活が楽しいものに変わりつつあった。だから夢の中で彼に会うのはいつしか私の中で待ち 遠しいものになっていった。
 だがそんなある日。
「今日で君とは会えなくなるんだ」
 私はびっくりした。もう私の中でライフワークになりつつあった夢の中の語らい。それが突然終わりを告げられるなんて思いもよらなかった。
「なんで? 急にやめるなんてあんまりよ!」
 私はそこで気がついた。自分の夢とはいえ、自分の事しか話をしてこなかったのだ。彼のことはこれっぽちも聞いていなかったのだ。
「ごめん……本当にごめん。君の話を聞いていてとても楽しかった。それに話をしているときの君の横顔が素敵だったからずっと見ていたかった……」
「だったらこれからもずっと聞いてくれたらいいじゃない! 私……私、あなたのこと全然聞いていなし、全然知らないもの。名前だって、顔だって、どんな人かも……みんなみんな知らないんだもの!」
「……」
 彼は何も話さない。
「お願い! 私を一人にしないで!」
「それは、大丈夫。そのうちわかるから……」
 そういい残すと、彼は私の前からゆっくり消えていった。
「!!」
 そこで私は目を覚ました。目から涙がいっぱいこぼれていた。私の楽しかった夢はここで終わった。また私は以前の無気力な生活に戻っていった。
 今日もまたいつものように学校に行き、授業を受け、何事もなく過ごし、家に帰る。そんな決まった毎日を過ごすのは苦痛極まりないものだった。
 そんな学校からの帰り道、彼に会うきっかけになったであろう道を過ぎようとしたとき、ふと思った。前と同じようにこの電柱に頭をぶつければ、また夢の中で彼に会えるのではないかと。そう思ったとたん私は行動に移してみた。頭を電柱にぶつけて……。
「あぶない!」
 いきなり後ろから誰かに腕をつかまれた。おかげで電柱にぶつからずにすんだ。
「!」
 私はいきなり思い出した。その声。まさしく彼の声だ! 私は腕をつかんでくれた方に振り返った。

「やっぱり、その姿は君だったんだ」
 夢じゃない。そこには私が思い焦がれていた彼の声の主。私の学校の制服を着た男の人が立っていた。
「だから、『そのうちわかるから』っていったじゃない」

 聞けば、私が頭をぶつけた同じ電柱に自転車ごと激突して、頭をぶつけたのだそうだ。そして打ち所が悪く、ずっと意識を失って入院していたそうだ。
彼はその時から意識がずっとここにあって、同じように頭をぶつけてしまった私が気になって仕方なかったそうだ。
 私と話をするには私の眠っている時、つまり夢の中でしか話ができなかったみたいだったので、毎日私の夢の中に忍び込んで話を聞いていたら、そのうちにどうしても夢の中じゃなくて、本当に私に会いたいという気持ちが芽生えてきたことが意識が戻るきっかけになったそうだ。
 だから……『そのうちわかるから』だったのだ。

「はじめまして」
「あっ、私こそはじめまして」

 私たちはじめて会ったのに、彼は私のことを何もかも知っていた。やっぱり彼だったんだ。出来すぎた話かもしれない。偶然かもしれない。でも、私は彼のおかげでこうしていられると思う。これから彼のことをいっぱい聞きたいと思う。
夢ではなく本当に現実の彼のことを……』


「はぁ……いいお話よねぇ」

 西園寺かえでは、見ていた本を閉じて、ため息をついた。
「そんなにため息つくほどいい話しなのか?」
 相槌を打つのは、かえでの同級生で幼馴染の中村竜太である。
 二人がいる場所は通っている高校の図書室で、学年末試験に向けての勉強中である。もっとも、勉強中なのは竜太のほうで、かえではその竜太の勉強を見てやっている。
「ほらぁ〜。他人の事が気になるなんて集中していない証拠だぞ」
「そんなこと言ったって」
「とにかく、東堂先輩から言われたのでしょ。『剣道部は文武両道。部活も大事だけど、勉強も忘れないでね』って」
 かえでは、剣道部の先輩で竜太の憧れの人、東堂しのぶの口真似をしてみせる。
「だけど……」
「ほらほら、今の竜太は一つでも多くの問題をこなさないといけないのでしょ。せっかく東堂先輩からノート借りているんだし――」
「それはそうだけど、この先輩のノート、量がハンパじゃないぞ」
「だから部活の後にこうしてここにいるんじゃないの。早く問題を解いていかないと、ここ閉まるよ」
 かえでに諭されてはいるが、なんとなく不満顔の竜太。
「ちぇ、本当だったら今日の部活後にしのぶ先輩達と一緒に梅之華高校に練習試合の申し込みに行く予定だったのに――。しのぶ先輩、いきなりかえでと一緒に図書室にいなさいって……なんで北条は行けて俺は行けないんだよぉ」
「文句を言わないの。先輩の言う通り、今の竜太の目標は、日々の勉強と進級でしょ。東堂先輩はしっかり解っているんだから。それに北条くんは竜太と違って成績いいのよ」
「あいつ、数学は苦手って言ってたぞ」
「でもね、国語は私よりもはるかにいいんだよ。だから竜太みたいに全教科赤点スレスレの人は――」
「わかっているよ!」
「だったらもう少しがんばりなさいよ! 私がここでいてあげるから」
 不満をぐちぐち言いながらも問題に取り掛かる竜太。
 しかし、次の問題でまた行き詰まってしまう。仕方ないのでかえでにヒントを聞こうとするが、当のかえではまた本を読みながらうっとりとしてついため息をついている。竜太はその声が癇に障る。
「かえで、そこでそんな暇そうに本を読んで、おまけにため息なんかつかれたら、かえって気が散る」
 かえではそんな竜太の八つ当たりにむっとして、
「暇そうなんてこと無いわよ。この間から竜太が気になるって言ってる夢のことを調べてるんだから」
 と口を尖らせて反論する。
「夢?」
「だから、夢判断とか、深層心理とか、夢にまつわる話とか書いてある本よ」
「なら、何でうっとりしてため息ついているんだよ」
「えっ?」
 予想もしなかった竜太のツッコミに一瞬たじろぐかえで。実はその本のなかにある夢にまつわる恋の話『夢で逢えたら』というを物語を読んでいたからだ。
「いや、ほら、ついでに夢にまつわるロマンティックな話も読んでみようかなって……」
 そんなかえでの言い訳を聞いて竜太は無言でにらむ。
「ごっ、ごめんね。もう少し静かにするね」
 竜太はかえでが静かになったので少し気が楽になってまた課題を解き始めた。かえでの方は少しバツが悪くなったので読んでいた本を閉じておとなしく竜太を静かに見つめていた。しばらくお互いの間を沈黙が支配する。
 ふとかえでは竜太の横顔を見つめながら気がついた。
 毎日一緒に登校し、一緒に授業を受け、一緒にお昼も食べ(剣二たちも一緒だが)、個々の部活の後は一緒に下校しているこの幼馴染の顔を最近じっくり見つめた事は無かったと。
 あらためて見てみると、かえでが思っていた以上に竜太の顔つきが大人っぽくなってきたことに気がついた。
(ふう〜ん。竜太も男らしくなってきたのかな? これでもう少し背が高ければいいのに……)
 ふと今読んでいた夢の話と自分を重ね合わせてみる。
(夢の中だけでもいいから、私より背が高い竜太と一緒に歩いて見たいな。そう。顔を見つめる時は、見あげないといけないほど背が高くなった竜太が、さっき読んだ夢のお話みたいに『ほら、かえで、あぶないぞ』って、しっかりと私をささえて、受け止めて欲しいな……)

「かえで〜、やっぱりこの問題わからないや。ちょっと! かえで!」
「へっ? 何?」
「どうしたんだ? ぼぉっとして。なんか顔が赤くなってるぞ、大丈夫か?」
 竜太はそう言うと、いきなり自分の右手をかえでの額に、左手を自分の額にあてた。
「いや……あの……竜太。私なんとも無いよ。大丈夫だから……」
 見る見るうちにかえでの顔がより一層赤くなる。
「熱は無いみたいだな――」
「大丈夫。ちょっとここ暑かったから――それで解らない問題はどれ?」
 かえではうろたえた心を鎮めるように急いで話題を変える。
「この問題だけど」
「ここね、これはこの式にこの数値を代入すれば――」
「あっそうか! 解った」
 また問題の続きを始める竜太。そんな竜太をかえではまた見つめながら待つ。しばらくすると竜太はふと問題を解く手を止めて
「かえで……」
「何?」
「調子悪かったら先に帰れよ」
「……うん。ありがとう竜太。今は大丈夫だから」
「俺につき合って無理だけはするなよ」
「うん」
 かえではそう竜太に返事をした後、心の中で、
(ありがとう竜太。私、夢の物語に少し憧れたけど、今の私の夢は目の前の竜太と一緒にいること。絶対に二人揃って進級して必ず卒業しようね。中学のときも二人で頑張ったんだからこれからも絶対に出来るよ。私も頑張る! 竜太)
 何のことは無い竜太からの言葉だったが、かえでにとっては、とてもうれしい言葉だった。そんなちょっと逞しくなった幼馴染の優しさにほんのり頬を桜色に染めるかえでだった。

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