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● 挿話1 ---  ●

「やぁ〜! めぇ〜ん!」
 小さな男の子の声が道場に響く。
「だめだ! もう一回」
 子供の倍くらいの身長の男の人の厳しい声がそれに続く。
「え〜、もうボクできないよ〜」
「だめだめ、竜太はすぐそうやって楽をしようとするぞ」
「もうからだが動かないよ〜。なんで今の『面』がダメなのさ」
「そう言う風に考えて打ち込んでいるからダメなんだぞ。しっかりとした気持ちで打たないとダメだ」
「もういやだよ〜、終わろうよ〜」
「だめだ、だめだ! さっきも注意しただろう。竹刀が頭の上から出てないぞ、『きこり』打ちはダメといっただろうに。さあっ、もう一度」
 男の人に促されて小さい子はしぶしぶもう一度打ち込む。
「やぁ〜! めぇ〜ん!」
「だめだめ! まだ直っていないぞ」
「この竹刀が重過ぎるんだよぉ!もう!」
「真剣勝負に重い軽いなんて言う暇はないぞ! 文句を言う前に打ち込め! さあ!もう一度!」
「やぁ〜! めぇ〜ん!」
「そうだ! もう一息! 頭の上からしっかりと」
「やぁ〜! めぇ〜ん!」
「続けて!!」
「やぁ〜! めぇ〜ん!」
「よし、よくがんばった!! 今日はここまで」
「はァ〜。やっと終わったよ〜」
 小さい子は床にへたり込む。男の人もその横に座った。しばらくして息が整ってから小さい子は男の人に口を尖らせて不満をぶつけた。
「どうして途中のがだめで、最後のがいいのさ。どっちも同じ『面』なのにさぁ」
「竜太、剣は正直だぞ。『もういやだ』『うまく打ってやろう』と思うと、心と身体はばらばらになる。ここではかっこつける必要はないんだ。わかるな」
「うん」
「ただ、最後に打った面はものすごく良かったぞ。なぜだかもうわかるな」
「もう、しんどくて、何も考えずに打ったから?」
「そうだ。余計なことは何も考えずに、ただ自然と身体が動く。それは『無心の剣』だ。竜太も少しづつでも剣が身についていっているぞ」
「じゃあ、ぼく、うまくなれた?」
「なれたさ。剣が生きていたからな」
「剣が……、生きる?」
「そう。剣が生きるだ」
「……。わかんないや」
「ははは。竜太もいずれわかるようになるさ。必ずにな。大切なのは清い心だ。心が清ければ、行いも清い。心と行いが清ければ、剣も清くなる。それが『剣が生きる』だ。竜太。お前は心が清い子だ。清い心を忘れてはだめだぞ……」

(はっ!)
 竜太は目を覚ました。
(夢か……。小さいときに親父から稽古をつけてもらっていた時だ。最近良くこの夢を見るな。どうしてだろう?)
『大切なのは清い心だ』父のこの言葉がまだ頭の片隅に残っている。
(清い心)
 竜太がこの言葉の本当の意味がわかるのは、もう少し後になってからだった。
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