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行くぜ☆我ら廃棄物処理委員会

 この事実が、決して、世の表舞台に露出しないのは。
 それを防ぐため、混乱を未然に防ぐために活躍する若者達がいるからなのだ。
 これは、そんな彼らの活躍を、事実に基づいて忠実に記録する物語である。
 多分。

 「――そっちに行きましたわよ、香澄さんっ!」
 疾走していた廊下を急停車した彼女は、校舎の窓(ちなみに三階)から身を乗り出して、下にいる友人に向かって叫んだ。
 一歩遅れた長い黒髪が、彼女の動きに合わせて揺れる。
 下にいる別の彼女――香澄は、大きく手を振って合図、すぐに何かを追いながら、向こうの方――運動場の方へ走り去っていく。
 晴れ渡った秋空、乾いた空気が窓の向こうに広がっていて。
 その様子を見届けながら、彼女はへなへなと壁を背中に座り込んだ。
 乱れきった呼吸を必死に整え、酸素の足りない頭をフル回転させて状況を整理する。あまり整理出来ないけど。
 元々、体力は人並み以下だし、運動自体あまり得意ではない。最近はいくらかマシになってきたとはいえ……それでも、膝が震えるほど走ってきたのだ、そうすぐに立ち直れるほど頑丈に成長したわけでもない。
 汗が、じわりと額に浮かんでいる。いつもは鋭い黒瞳も、今は覇気を失っていた。
 見る限りでは高校生。艶のある黒髪で日本人形のような顔立ちだが、何故かヘッドセットを装着し、ブレザータイプの制服を規定より短いミニスカートで着こなす、という、和洋折衷で異文化交流な出で立ち。
 そんな彼女を、廊下を通る生徒は特に不信する様子もなく見つめながら歩いている。たまに、「お疲れさま」という労いの言葉までかけられる始末だ。
 まぁ、今くらいは休んでいても文句言われないだろう、そう思った彼女は、再度、大きく息をついて――
《おいコラ風端凛音!》
 刹那、耳元のイヤホンから罵声。というより怒号。
 びくりと肩をすくめると、向こう側からは通信障害のような雑音を吹き飛ばす声が届く。
 心臓への負担が増す彼女だが、向こう側の彼は、《チューニング正しいよな、これは風端だよな……よし、間違いない》と、一人で勝手に納得してから、
《おい風端! お前……今休んでるだろ!?》
 再度、少し低めの男声で罵られる。
 思わずイヤホンのボリュームを最小までダウン、そして、何とか呼吸を整えながら座り直し、
「そ、その声は……桧さんですわね?」
《ご名答》
 イヤホンの向こうにいる彼――桧は首肯した。
「どうして……どうして私を休ませてくれないんですかっ! 体力がないことは全員承知しているのに頑張って校舎内を駆けぬけた仲間に労いの言葉もかけないなんて、男性として最悪ですよ」
《あー悪かったな。俺は別に、お前の基準で最悪な野郎でいいから。とにかく、復活できそうなら応援に回ってくれ。樋口と仁、あと、あのエセ留学生の……》
「ティハさん、ですか?」
《そうそいつ! とにかく、全員で包囲網作戦決行中なんだよ。どっちみち今回は、風端のチカラが必要なんだから……とにかくさっさと合流してくれ! これは先生からの通達でもあるんだ。じゃ、俺は確かに伝えたからなっ!》
 ぶつっ。
 勢いに任せた一方的な通信終了。微かな砂嵐だけが聞こえてくる。
 ……行かなければならないらしい。先生がそう行っているのならば、これは選択の余地無く「やらなければならないこと」なのだから。
 本日何度目なのかわからないため息と共に、彼女――凛音は立ち上がった。
 見据えるのは廊下の向こう、今いる場所とは正反対のポイント。
 距離にして、目測20メートル。この学校の廊下は異常に長いのが特徴だ。
 そしてそれは、時に、授業に遅刻しそうな生徒を地獄送りにする、「心臓破りの廊下」の異名を持つほど。
 口にたまった唾を飲み込んだ。そして再度、深呼吸。
 目標地点を定め、余計なことは頭の片隅にでも追いやって。
 この言葉を残し、彼女は再び、廊下を走り始めたのだった。
「まったく、どこの実験室ですの!? カエルとウサギとヒョウを足して3で割ったのはっ!!」

 日本の中に、一つだけ、というか一つで十分、国が直接運営している専門学校がある。
 基本的に5年課程の全寮制、男女共学。中学を卒業した資格を持つ者に入学資格が与えられ、卒業時には短大卒業と同等の資格が与えられる。
 そして……公務員として国が斡旋した仕事に就くことも出来る、卒業後までしっかり保証してくれる学校なのである。
 しかし、誰もが入学できる訳ではない。
 この学校に入学するためには、二つだけ、中卒の資格以外に必要な絶対条件があった。
 まず、この学校の存在を知っていること。
 そして……『統率者(ネゴシエーター)』としての能力が既に覚醒していること。

 香澄は人をかき分け、渡り廊下を横断し、ひたすら走り続けていた。
 どこをどう走ったのか、よく分からない。けれど……香澄だって、無駄に広いこの学校全体の地理を把握しているわけではないのだ。とにかく今は、見失わないように追い続けるのが最優先。
 周囲を見渡す余裕がない、というもの、正直な感想だが。
 ショートカットをなびかせ、快活そうな印象。大きなその瞳は、まるで狙いを定めた猫のように、目の前にいる獲物だけを瞬きせずに見つめている。
 その柔軟で俊敏な動きも、猫を想像させた。
 風のように疾走しながら……けれど、全く呼吸が乱れていないのは、人間としてありえない。
 だが、香澄は平然とインカムに向かって通信開始。
「仁くん、繋がってるー?」
《……あ……じょう……だ……》
「うぁ、通信状況最悪だし。ここって例の通信障害地域ぃ?」
《……いや……れは……まえが……からだ……がう……》
 途切れ途切れに聞こえてくるのは、先ほどよりも低い声。
 桧よりも落ち着いた口調で、仁と呼ばれた向こう側の彼は、香澄に何とか声を飛ばし続ける。
《……こえる……や……お……おーい、聞こえるなー?》
「あ、やっと聞こえる。こちら香澄っす。獲物は確実に、仁くんが指定するポイントへ向かってるよ」
 ターゲットはロックオンしながら、香澄は走り続けていた。
 たまに、草や生け垣をかき分けて飛び越える。部活動や課外授業を行っている生徒の横を通り過ぎる。
 つい先ほどは、飴色の液体が入ったフラスコを蹴り飛ばし、後方で悲鳴が聞こえた。けれどそんなの、香澄が今関知すべきことではないから無視。
 角を曲がる。校舎裏特有の、じめっとした冷たい空気が彼女を迎えた。
 日の当たらない場所を、香澄と目の前の妙な四足歩行生物は、一定の距離を保ったまま鬼ごっこを続けている。
「仁くん、どうするの?」
《……そう……じゃあ、樋口はそのまま追い続けてくれ》
「今日はボク、それだけでいいってこと?」
《ああ。どうせなら、じわじわとプレッシャーでもかけてやればいいんじゃないか?》
「んな余裕正直ないけど、頑張ってみるッス。ではでは」
 通信切断。そして再び、意識を前方に集中させ、
「このボクから逃げられるなんて……無理だってコト、教えてあげるよ!」
 腹に力を入れて、自分に一喝。
 足跡さえ残さないほど浅い踏み込みと速度で、香澄は人気のない校舎裏を疾走し続けた。

 『統率者』とは、パッと見普通の人間なんだけど、実は人より違う力があります……という、分かりやすく端的に表現してしまえば、"超能力"、人間の常識を逸脱したような能力を持ち、かつそれを暴走させることなく扱える人間のことである。
 彼らのような存在は、この社会で常に蔑まれてきた。その能力を生かせないまま生涯を終えた人間も沢山いるだろう。
 そんな彼らの能力を最大限に伸ばし、ゆくゆくは世間のために活躍してもらえる人材を育成しよう――そんなコンセプトが掲げられ、この学校は出来上がった。表向きな名目としては、国立大学の付属機関ってことになっている。(らしい)
 それらの能力は、大きく分けて二つに大別される。
 一つは――日本で言えば巫女や神主など、神に携わる、もしくはそれに準ずる家系故に、先祖から受け継がれてきた超科学的な力を有する者。
 後天的な事例は報告されていない。やはり、こういう力は……幼い頃から一定の教育を受けた者でなければ、この年齢まで生き残ることは出来ないし、年を重ねるごとに、それ自体の発生率も急激に少なくなっていく、というのが一般見解だからだ。
 ちなみに。水面下では国に対して結構な圧力をかけられるのが、この神主家系だと言われている。
 彼らは昔から、その力を使って日本を守ってきた。それなのに、年を重ねるに連れて、世間の対応は彼らに冷たくなっていくばかり。
 このままでは後継者が育たない、それ即ち、この国が滅びてしまうことだ――という理屈(+昔からの因縁)でプレッシャーを与え、この学校の建設に踏み切らせた、というのは、神学部の生徒ならば誰でも知っていることだったりする。
 そしてもう一つは、何らかの突然変異で、肉体の一部分(もしくは全体的に)が非人間的な能力である者。
 怪力や天才の更に上を行く人間が、この学校では当たり前に闊歩しているのだ。
 だから、存在する学科も二つ。前者が所属する神学部と、後者が所属する博学部が大きな柱である。最初の3年はクラス単位、残り2年でそれぞれの能力に見合った、より専門性のある細かいコースへ別れていくのが普通だ。
 授業は、国語や数学などの一般教養に加えて、神学部ならば仏教的な神事から東洋魔術まで(日本は西洋でないため、西洋魔術は使えません)、博学部ならばオリンピック選考会に殴り込んだり、色々な研究を行って製薬会社に進言してみたり。
 そして最近は、この二つの力を使って、新しいモノを生み出そうという動きも活発になってきている。

 ……だが。
 実際に魔術を使ってみれば分かるのだが、予期せぬ物体を召喚してしまったりすることは決して少なくない。
 そして、人智を越えた者達が作り出す創造物が、全て人間に優しいとも限らない。
 人間だから、失敗もあるさ。まぁ次頑張れよ。
 そんな言葉では絶対に誤魔化せないような事態や廃棄物が発生するのも、この学校の大きな特徴だと言えるのではないだろうか。
 基本的に、この学校に関しては全ての情報が門外不出。国だって知らぬ存ぜぬを貫き通すし、研究所やその他の設備などに国家予算が注ぎ込まれている割に は、この学校の存在さえも知らない国会議員が沢山いるのだ。これが国民にまで広がれば、どれだけ政府がバッシングされるのか……総理大臣はその日のことを 考えるだけで、胃がキリキリと痛むらしい。
 そこで。
 これだけ「普通じゃない」人間が集まっているのだから、その処理が出来ないはずがないさ。
 誰かがそう言って、その場にいた全員が賛同した。
 そして……結果、ある委員会が発足することになったのだ。
 教職員や全メンバーからの推薦され、そして全校生徒による投票で決定、承認される、完全に実力がある人間だけを選りすぐった特別委員会。(特典:学費と寮費無料)
 最悪の場合は教員が手を出すこともありえるが、生徒自治の精神を尊重するという建前で、起こった問題処理の全てを任されている委員会がある。
 実際の所、教職員にはそれぞれの仕事があり、生徒の尻ぬぐいにまで手が回らないのが現状なのだが。
 その活動のほとんどが、授業中に発生した「ありえない廃棄物(例:融合生物、タイタニックを沈めた氷山の再現、テポ○ンなど。作るなよそんな物)」を処理することばかりなので……彼らはこう、よばれていた。

 廃棄物処理委員会、と。

 相変わらず、香澄は走り続けていた。
 底なしの体力に、限界という二文字は見えてこない。
 彼女は博学部に在籍する2年生、華の16歳。勿論委員会メンバーの一人であり、彼女が持っている能力は「リミッター解除」と言われている。
 その名の通り、彼女には運動能力の限界がやってこないのだ。いくらでもどこまでも速く走るし、誰よりも高く飛ぶ。
 当然、持久力の限界もない。ただし……慣れないことを行うと、次の日には筋肉痛が襲ってくるらしい。いきなり出来るわけではなくて、少しずつ慣らしていき、それが持っている限界線を消しゴムで消していく……彼女が行うのは、そういうことだ。
 だから今、走り続けるコトが出来る。動悸や息切れの心配もなく、仲間と連絡を取り合うことが出来る。

 そして、延々と日陰だった校舎裏を完走し、生い茂る腰丈の生け垣を軽々と飛び越えると。
 香澄の視界が、一気に開けた。

 スタンドを飛び降りながら、ヤツは焦り始めていた。
 捕縛を逃れて走り続けたのはいいが……背後の人間は、どこまでも果てしなく追いかけてくる。
 そして自身も、この学校の地理など全て知らない。とにかく逃げ続けた結果……目の前には、だだっ広い運動場が広がっていた。
 どこまで広がっているのだろうか? 鳥取砂丘のように果ての見えない場所だが、ここで捕まるよりも逃げ続ける方がマシに決まっている!
 ウサギの耳をはやし、ヒョウ柄でたくましい四肢、そして、四肢の先にはカエルの吸盤。
 ウサギともヒョウともカエルとも断言できないその生き物は、職員室から先ほど正式な廃棄命令が下った『廃棄物』だ。
 きっと、捕まれば殺される――そんな不安があるから、絶対に立ち止まれない!
 赤い瞳で走り続けるヤツ、追い続ける香澄。
 二人(?)は遂に、運動場へ突入した。
 なぜか人のいないこの場所、ヤツはただ直線に突き進み――

「――風華・襲撃!!」

 ごばんっ!!

 刹那、ヤツの足下が砂柱を立ててえぐれる!
 突然の奇襲攻撃に躊躇、後ろの香澄が放った術でないことは明白だ。見えない敵に、経過心は募る。
 が、立ちこめた砂煙が、ヤツの動きと警戒を明らかに阻害していた。
 咄嗟に動きが止まる。
 そんな最悪の視界の中、香澄だけはその目標を見失うことなく、確実にその距離を縮めて――
「捕まえたっ!!」
 ぐゎし。
 勢いよく飛びついた彼女は、全身捨て身でヤツを拘束、これ以上身動きが取れないよう、必死でその動きを抑えている。
 しかし、ヤツもここで負けるわけにはいかない。何とか香澄の束縛から逃れようと、全身をバタバタと必死で動かす。
 その度に砂煙が舞い上がり、彼女もいつしか砂まみれになってしまった。
「うにゅぁっ! げほっ……」
 目が痛い、けれど、ここで離すわけにはいかない!
 と、
「樋口、ほれっ!」
 横から何かが投げ込まれた。それを何とか手繰り寄せると、麻のロープが一本。
「仁くん、ありがと!」
 彼女の場所から姿の見えない彼に向かってお礼を言いながら、これ以上、ヤツが逃げることにないように……その場で更に死闘を繰り返し、前足を何とか縛り上げることに成功。
 香澄はやっと、ヤツから離れることが出来た。
 拮抗縛りをほどこうともがくヤツを横目に、その場で座り込んだまま、パタパタと上着の砂を叩く。
 そんな彼女に、四方からそれぞれ人が走り寄ってきた。
 一人は凛音。
 一人は完全に着崩した制服を身につけて、片耳にリングピアス、髪は赤に近い茶髪。体格も大柄で、顔の堀も普通より若干深め、常に睨むような目つき。お世辞にも、柄がいいようには思えないような人物だ。
 しかし別の一人は、先ほどの彼とは正反対の印象。切りそろえた髪の毛に、縁なしの眼鏡、片手に何やら液晶モバイルを持ち、勿論ネクタイは襟元まできっち り締めている。しかし、上から羽織っているのはブレザーではなく、膝まである明らかな白衣。胸元には「第12−4.5研修室」と書かれた札がくっついてい る。
 そしてもう一人は、金髪で翡翠の瞳を持った美少女。明らかにこの4人とは人種から根本的に違うのが分かる。
 恐らく彼女が、さっき桧の言っていた「エセ留学生」だろう。頭身も違う。スタイルは抜群で、糸のように綺麗な髪の毛は背中中盤までのびており、風に吹かれるたび、日の光に反射してきらめいた。
 香澄は、その金髪美人の方を見上げ、
「さっきの魔法……ティハちゃん?」
「間に合って良かったわ。あのまま延々と、すみちゃんに走り続けさせるわけにもいかないからね」
 彼女――ティハは、そう言って肩をすくめた。
 彼女は勿論日本人ではなく、ロンドンにある、ココと似たようなコンセプトで運営されている学校からやって来た交換留学生なのだ。
 ティハは、生粋の魔女血統。一族の中でも特に秀でた力を持っていたため、これ以上力をつけられても困るという理由から、学校への入学反対は勿論、他にも 迫害されることがあったらしい。が、それを全て実力ではねのけ、2年前――彼女が15歳の時に、その学校へ入学するための手続きを取らせたんだとか。
 だから、彼女が扱うのは西洋魔術だ。日本には東洋魔術の勉強に来たらしい。だから、今は神学部2年生に在籍。
 彼女が委員会メンバーなのは、この制度を向こうの学校にも取り入れたいので彼女を入れて体験させてくれ、という依頼を受けてのことである。勿論、特に素晴らしい言語習得能力など、実力が大いに伴っているため、誰も異論を唱えることはなかったのだが。
 最近のブームは湯豆腐と焼き鳥らしい。そんな彼女が、隣にいたガラの悪そうな彼に視線を移し、
「ひーくん……キミは、相変わらず方向音痴なのねぇ」
「う……うるせぇな! 俺は力仕事専門なんだよ! 走り回るのは性に合わねぇんだ!」
 言い訳するその声は、先ほどイヤホン越しに凛音を罵倒した人物のものだった。
 必要以上に息を荒らげている桧、ちなみに博学部2年生御歳17。そもそも、彼の能力は通称「無限リフト」であり、分かりやすく言ってしまえば超怪力なのだ。
 その豪快な体の特製をフルに生かすことの出来る能力なのだが……今日、彼がそこまで疲れる理由はないはずだ。別に自販機を持ち上げたわけでも、粉砕したわけでもないのだから。(基本的に破壊活動担当)
 その辺の理由は、先ほどティハが指摘した方向音痴にある。あまり詳しく説明すると彼の立場がなくなってしまうので、割愛。
 とにかくまぁ、そういうことなのだ。無駄に校内を迷った結果、体力を消耗した、というだけのこと。
 しかし、指摘されていい気分はしない。けれど、事実なので怒ることも出来ない。桧に出来るのは、先ほどのように、憮然とした表情で言い訳をすることくらいだけ。
 しかしティハも、それはよく分かっているから、
「あーハイハイ、そういうことにしておきますよー」
「てめぇっ! 自分が最後、ちょっと活躍したからって……!」
「――そこまで」
 突然仲裁に入る声は、香澄と通信をしていた人物のもの。
 インテリ風の彼――仁が発したその言葉に、二人は閉口した。
 彼もまた博学部2年生、「ウィザード・ブレイン」と呼ばれる仁は、ありとあらゆることを記憶し、様々な見識も持ち、今のところ日本で最もIQ値の高い17歳である。
 要するに天才なのだ。「天才は99%の努力と1%の才能」という有名な言葉があるが、それを彼に当てはめると、「仁の場合、50%の努力と50%の才 能」というところだろうか。勿論、本人が努力をし続けていることは無視できない。結局、その能力を生かすか殺すかは、与えられた本人にしか決定できないの だから。
 ちなみに趣味は、特許を取ること。
 そんな仁は、何やらペンで液晶画面を操作しながら続ける。
「この運動場の人払いは、あと5分で終了する。っつーことで、小競り合いよりも……奥村、風端を早く連れてきてくれ」
「凛ちゃん? だって彼女なら……」
 疑問符を浮かべるティハに、仁は黙って、凛音がいた方向を指差した。
 と。彼女が地面に突っ伏している姿が、少し遠くに見える。思わず全員顔面蒼白。
「風端!?」
「あっちゃー……さすがにきつかったかぁ……」
 ぺしっと自分の額を叩いて、「しまったー」と付け加えるティハ。慌てて桧が彼女へ駆け寄り、豪快に、片手でひょいっと抱え上げた。
 そしてそのまま戻ってくる。ぐたっと二つに折り曲がった状態で運ばれてきた彼女は、ぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返したまま、言葉を発する気力もない様子だ。
 香澄が下から彼女の顔を見上げ、「凛音ちゃん……お疲れさま」と、笑顔を向ける。
 ティハは、何やら凛音に光を帯びた両手を翳しながら……「ひーちゃん、凛ちゃんだって女の子なんだから、もうちょっと大切に運んであげようね」と呟き、仕上げにぱちんっと指を鳴らした。
 ――すると。
「へ? あれ、私……頭に血が上る……?」
 幾分落ち着いた凛音が、折り曲がった姿勢のままぼやく。
 桧の腕から下ろされ、地面に立つとまだおぼつかないけれども……彼女の目の前には、前足を縛られたままもがいている、一匹の哀れな『廃棄物』がいた。
 大体最後は、凛音の役割なのだ。
 メンバーの中で、一番、体力はないけれども……その分、別のチカラがある。
 凛音は一歩、ヤツに近づいた。
 明らかにびくりと硬直する相手。しかしその姿に、凛音は嘆息すると、
「……大丈夫ですよ。あなたを、在るべき姿に戻すだけですから」
 こう断って、軽く目を閉じる。
 宙に向かって手を伸ばすと、彼女の手に収まるように、一本の錫杖が姿を現した。
 全体は鮮やかな朱色、その両先端に、金色の金具がはめ込まれている。
 それを掴み、くるっと腕をひねって一回転。
 そして――その先を、ちょいっと、ヤツの体にあてて、

「……紡ぐのは:力持つ言葉・解き放つのは:暗黙の道理・その力以て、彼の者に真実の姿を――乖離」

 凛音が言葉を紡ぎ終えた瞬間、ヤツの体が光を放ち――ガラス管が弾けたような音が、小さく響く。
 そして、凛音は杖を下ろした。
 そこには、妙な化け物ではなく……ウサギと、カエルと、ヒョウが。
 これが、凛音のチカラ。彼女の実家は神社であり、凛音は勿論後継者。この学校に入学したのも、父母がこの学校のOBだという縁があるからでもあった。
 凛音の能力は「原点回帰」と呼ばれている。この世界に存在してはならないモノを、在るべき場所や姿へ戻すことができるのだ。
 だから、先ほどのように……無茶苦茶に融合された生き物を、本来の姿へ戻すことも可能。
 三体とも正常であることを、仁が確認して、彼らに親指をびしっと突き立てたとき。
「……お腹すいたぁ……」
 香澄の声が、澄み渡った秋空に溶けていった。

「――ハイ、お疲れさまでした」
 理科室のように何やら実験機材が備え付けの棚に並ぶ、通常よりも広い特別教室にて。
 教壇に立っている彼女は、とりあえず一カ所に集まってはいるが、それぞれにぐたっと突っ伏している4人(仁は普通に座っている)に向かって、柔らかな笑みを向けた。
 外見年齢は20代後半。セミロングのソバージュヘアーに、本日は黒いワンピース。優しい目元に、人を安心させるような包容力を持ち合わせている女性は、この学校教師、ちなみに担当科目は、一般教養ならば数学、特殊課目ならば東洋魔式担当。
 彼女の呼びかけにも無反応のメンバーを、訝しげに見下ろし、失笑。
「みんな、今日は本当に疲れてるわね」
「だぁってさ……ボク、今日だけでどれくらい走ったと思ってるの、結月センセー」
 ぐたっとした姿勢のまま、顔だけを上げて反論する香澄。
 彼女――結月は、そんな香澄に笑みを向けたまま、
「そうよねぇ……確かに、樋口さんは、今日、一番頑張ってくれたんだけど……ねぇ奥村くん、どうして貴方がそんなに疲れているの?」
 奥村くん、訝しげな声で指名された桧は、頬杖をついたままそっぽを向いて、
「……気にしないでください」
「ひーくんは、単に無駄な労働をしただけですよ、先生ー」
 正面から手を挙げて付け加えるティハを、彼は思わず睨みつけた。
 常人ならば震え上がってしまうかもしれない迫力。しかし、彼女はそれを普通に受け流し、というか無視して、
「ちなみに先生、今日の『廃棄物』は、どこの実験室から流出されたんですか?」
「今日は……そう確か、雛罌粟先生の実験室からよ。融合実験だったみたいだけど……あのセンス、彼女らしいわよね」
「らしいわよね、じゃないですよぉ……おかげで今回は、全員が肉体労働だったんですからね」
 そう言ってから、「あ、仁っちは違った」と、したり顔の仁に視線を移した。
 凛音はもう、言葉さえ発することなくその場にいる。ただそれだけ。
 すると結月が、やっぱりにこやかな笑みで場を締め括った。
「みんな、本当にお疲れさまでした。今日の活動は、樋口さんに実験資材を吹っ飛ばされたってクレームはあったけれど、全体的にも無駄が少なくて、スムーズだったと思うわ。今日を生かして、また次も頑張りましょうね。
 以上で――本日の『廃棄物処理委員会』の活動を終了します。では、解散」
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