スペシャリスト秋月

その3 もくじ


その4


 汁粉の大きな声が合図となり、白玉に向けられていたアタッシュケースからいきなり白煙が上がりだした。
「うわっ! 目がしみる!」
 立ち込める白煙は催涙ガスのようなもの物らしく、白玉の周りにいる取り巻きたちは口々に目の異変を叫んだ。
「よし! 秋月、烏龍 行けっ!!」
 汁粉はこの期を見逃さず二人に対して叫んだ。秋月は身を翻し白玉の方に向って突進していった。白玉の取り巻きの者たちは、周りが見づらい状況でいきなり秋月が皆をなぎ倒しに来たので、なすすべなくその体当たりを受けて倒れてしまう。
 一方烏龍はと言うと、汁粉の合図と同時に自らを縛めていたものを全て引きちぎり、これまた近くにいた白玉の部下たちをその腕を振り回してぶちのめしていた。数十人いる白玉の部下が、たった二人の男たちによって見る見るうちに倒されていく。
「畜生! 秋月め騙しやがったな! ええい、何をやっとるか! 馬鹿者! 落ち着け! 相手は二人だ早く! 取り押さえて 目の前の早く箱を取って来んか!」
 白玉は目を瞬かせながら部下に対して叫び声を張り上げる。しかし相手は汁粉社長の懐刀として実戦訓練を相当積んだスペシャリスト。そんな彼らを易々と止められるものではなかった。倉庫内は秋月と烏龍の気合の声と、白玉の部下達の断末魔の叫びがこだまする。まさに阿鼻叫喚絵図が繰り広げられていた。
 ただ、秋月たちは、白玉の取り巻きばかりに気を取られすぎてしまい、一瞬白玉を視界から見失ってしまった。気配を殺しながら攻撃の機会をうかがっていた白玉はそのチャンスを見逃さず、いきなり黒い箱に向って突進していった。
「ええい! 貴様ら情けないぞ、こうなれば私が行く! 手に入らないなら壊すまでだぁ!」
 手には護身用にと持っていた鉄パイプを振り上げ黒い箱に迫る白玉。秋月たちが振り返った時にはすでに鉄パイプが箱に振り下ろされる瞬間だった。
「しまった!」
 秋月は叫んだが、時既に遅し……鉄パイプは箱を打ちのめした――。
 いや打ちのめされなかった。なぜなら黒い箱が生きているかのようにいきなり蓋を開けて白玉の鉄パイプを蓋の縁で止めたのだ。白玉は状況がまるで把握できない。すると黒い箱は鉄パイプを受け止めた蓋ごと地面に向って投げ落とし、中から一人の女性が飛び出してきた。
「白玉さん。いい加減に卑怯な真似は止めましょうね」
「桜子!」
 秋月は思わず叫んだ。黒い箱の中から出てきたのは秋月の同期の桜子だったからだ。
「どうしておまえが?」
「今はその説明をしている暇はないわ。ただ私も秋月と同じスペシャリストって事よ」
 うっすらと笑みを浮かべる桜子。そして秋月に対してこう付け加えた。
「あっ、別にアンタが心配で助けようとしたんじゃないからね。汁粉社長の任務で仕方なしに来たんだからね。勘違いしないでよ!」
「この期に及んで……」
 秋月は思わずつぶやいた。全く相変わらず素直じゃない。
「ええい! 何二人でほのぼのやりあっているんだ! こうなれば女ともども奪っていってやる!」
 その場を置き去りにされている白玉がヤケになって叫ぶ。そして箱共々桜子を強奪しようと試みた。しかし、その声を聞いていた烏龍が白玉に対してこうつぶやいた。
「あっ、無茶はやめたほうがいいですよ。桜子は我々スペシャリストの中で最強の武闘派なんだけど――遅かったか……」
 烏龍が注意しようとする前に白玉はすでに桜子に叩きのめされ、白目を剥いて倒れこんだ後だった。
 白玉が倒されたところで白玉陣営は一斉に攻撃を止めて白旗を揚げた。ここに両社を巻き込んだ陰謀劇は終焉を告げた。

 嵐のような出来事からはや一週間が過ぎた。秋月の会社は何事も無かったように日々動いていた。秋月も先日の異動と退職が今回の出来事による偽装であったと社内で説明され、無事元の部署に戻っていた。いつもの昼休み。秋月と桜子は屋上の休憩所にいた。
「結局、この間の作戦は全て汁粉社長の計画通りだったんだ。どおりで烏龍さんが簡単に捕まった訳だ」
 少々ふてくされ気味につぶやく秋月。そんな秋月を見て桜子は励ますように肩をポンと叩いた。
「全てうまく行っていた訳じゃないよ。烏龍さんが捕まっても敵はなかなか行動を起こしてくれなかったからと、会社に入り込んだ敵の人間を炙り出しきれなかったからね。そこに秋月発案の作戦で敵も乗ってきてくれたおかげでうまく行ったじゃないの」
「とりあえず、汁粉社長の羽根扇子で思いついたんだ。三国志の諸葛亮孔明みたいにね。うまく行ったからいいものの詰めは甘かったな」
「ふふふ、でもね烏龍さん物凄く秋月の事ほめていたよ。敵の真っ只中でちゃんとメッセージ伝えてくれたから、秋月を信じて行動できたって」
「あれはいつもの言葉遊びだよ。『話を始める』と言って区切りをつけてから『頭を取ろう』とメッセージが隠された部分を説明して後は会話の最初の語句を繋げていくと」
「『あしたたすけます』でしょ」
「正解! とっさに文を作ったんで白玉社長にバレないか冷や冷やものだったけど、烏龍さんがうまく会話を合わせてくれたおかげでほぼ自然な会話になったんだ。やっぱ流石だよな」
「感心、感心。それでこそスペシャリストだよ」
「茶化すなよ。でも……」
「『でも』なに?」
「桜子がスペシャリストとは知らなかったぞ」
「知らなかったんだね秋月。私たちの部署は全員スペシャリストだぞ」
「えっ?」
「だって、今年の年始に汁粉社長がうちの部署に直々にやって来てちゃんと言ってたじゃない『君たちは会社の未来を背負って立つスペシャリストだ』ってね」
 そう聞いた秋月は全身の力が抜ける思いがした。
「そんな、普通そんなことをそういう場所で言うか?」
「だって、全員そうだからいいんじゃないの」
 桜子はそう言うと秋月から少し離れるように四、五歩向こうに歩いてからクルッと振り返り少し大きな声でこう言った。
「その中でも一番出来るスペシャリストは秋月だって私は思ってるよ!」
 少々言うのが照れくさいので離れて行った桜子。まだまだ素直ではない。秋月はいきなり桜子にほめられたので気恥ずかしくなった。あまりに照れてしまうので話題を替えることにした。
「ところで桜子。汁粉社長の大切にしている『アレ』って知っているか?」
「『アレ』? なにそれ? 知らないよ」
「なんか烏龍さんの話では創業以来汁粉社長がとても好きで大切にしているものだとか」
「う〜ん。汁粉社長の好きなものは……はっ、何恥ずかしいこと言わせんのよ!」
 顔を赤くして休憩所を出て行く桜子。秋月は何故桜子が恥ずかしがって出て行ったのか解らない。結局『アレ』は解らず終いになった。一つ解ったことは、汁粉社長が好きなものは、女性が恥ずかしがるものらしいとということと、秋月以外のスペシャリストはアレの正体を解っているような気がしてならないのは秋月 の気のせいだろうか?
 今日もいつもの様に会社は動いていく。

 おしまい


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その3 もくじ


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