もどる | すすむ | もくじ

● 第9話 --- 剣の道 ●

 勝負が決した武道場はざわめきたった。あまりに一瞬の事だったので、技を見逃したものがほとんどだった。もっともしっかり見れたとしても、発田の技の早さに目がついていけなかった者がほとんどであった。
 伊東と発田は試合場の中央に戻り、礼を行い試合終了の宣告を受け試合が終わった。とたん伊東はその場に崩れるように倒れこんでしまった。いかに強烈な打突であったかを物語っていた。一方の発田は面、籠手を外し、介抱を受けている伊東とその傍らで見守る嶂南の元に歩いていった。
「伊東主将、すみませんうまく打てなくて。怪我をさせてしまいましたね」
 発田は頭を下げた。
「いいさ、打つのも実力。受けるのも実力。俺が下手だったんだ。発田。約束どおり入替え戦は出たらいいぞ」
「いや、ご迷惑なら別に――」
 こう言いかけた発田に伊東は言葉をさえぎって
「約束は約束だ。先生いいですよね」
「うむ……」
 嶂南は、一言だけ答えた。
 その光景を見ていた新入生は周りの者たちとひそひそと話し始めた。
「凄かったな、発田先輩の技は」
「胴に一撃か――。あれは効くよな」
「入替え戦であたったらもう勝てないよな」
 彼らの話は、最初でこそ発田の技の凄さを驚いたりしていたが、その内にほとんどの者たちが入部試験が悲観的な状況であることを嘆くようになっていった。しかし、竜太と剣二を含め冷静に試合を分析する者も何人かいた。
「竜太はん、あの人かなり曲者の剣ですな」
「ああ、間合いの取り方、技の切れ、相手の見極めは高校生とは思えないくらいレベルが高いよな」
「それと、決め技の胴打ちはどうやと思います?」
「あの流れからだとある程度胴打ちに来ることは予想できると思うけど――。でも自分が受ける立場になったら逃げられないと思うな」
「やっぱ竜太はんもそう思わはりますか。うちもたぶん面打ちを受けてそのまま胴打ちで終わりですわ」
「え? 北条。発田先輩が出した技は二つじゃないと思うけど」
「!? どういうこと竜太はん? 最初に伊東先輩の突きを避けてから浅く面を入れてから体をかえて決め技の胴打ちと思ったんやけど」
「いや、最初の突きをかわす前に浅く小手打ちで伊東先輩の動き止めてから面で上体を浮かせて、決め技の胴打ちと思うぞ」
「……。うち、最初の小手は見えんかった。あんたって人は……」
 北条は竜太の目の良さと集中力に改めて驚き、感心した。

「ふ〜ん――。君たち二人は他の新人クン達と違って結構冷静だね」
「うわっ!!」
 いつの間にか竜太と剣二の後ろにしゃがみこんで二人の会話を聞いていた。
「は、発田先輩いきなり驚かせんといてください!!」
 剣二はかなりあわてて声を上げた。
(この人――ここまで近づいていたのに、気配すら感じられなかった)
 竜太は発田のこの行動でかなり警戒心が芽生えた。
「キミたちの話をしていたことはボクの今の試合の技についてだね」
「はい、そうです」
「じゃあ、問題です。キミたちは今の試合でボクが一本を決めた時に技をいくつ出したでしょうか?」
 いきなりの問題に二人は戸惑った。しかしこの会話の流れでは答えないわけにはいかない。
「うちは――あわせて二つ、伊東先輩の突きをかわしてから、面と決め技の胴と思いますけど」
「ぼくは、かわしてから小手、面、決め技の胴の三つと思います」
 発田は二人の答えをうなずきながら聞いていた。それからにっこりと笑みを浮かべ、スクッと立ち上がり新入生全員に聞こえるように話しはじめた。
「他の新入生諸君も彼ら二人と同意見かな?」
 新入生たちはいきなり質問を浴びせられて、誰も答えられなかった。
「残念。不正解ですね。技は四つ出していました」
「四つも!!」
 どよめきが起きる。
「この二人が答えてくれたけど、技の順番は伊東主将の突きを外して小手、面、胴の順で正解。ただ技の数は小手だけ二回であとは一回ずつでした。詳しく説明すると、伊東主将の突きを外す際に竹刀を落とす一回目の小手。伊東主将の体を止めるための二回目の小手。その時に上体が前傾してくるので面を打って上体を反らせて、最後にがら空きになった胴に決め技の胴打ちで一本。これであわせて技は四つ。わかりましたか?」
「あの体勢から四つも――」
 新入生たちは口々につぶやく。発田はそんなどよめきを気にもとめずに話を続ける。
「ただ、これだけは反省します。きちんとボクが技を決めていれば伊東主将には痛い思いをさせずに済んだとおもいますが、少し腕が鈍っていたのでかなり痛い思いをさせてしましました」
「痛い思いをさせない?」
 誰かがつぶやく。
「つまり、一撃昇天。これだと痛くないでしょ」
 不敵に笑みを浮かべる発田。 
「一撃昇天?」
「気絶ってことですよ」
「……」
 竜太、剣二以下新入生たちは言葉が出なかった。あの短時間に実に四つの技を正確に決めることは超高校級の腕前だと。おまけにあの技の状態で完璧ではないと反省する発田の姿を見てあらためて恐怖を覚えた。
「じゃあ、いきなり質問を出したお詫びにキミ達からボクに何か聞きたいことはないかな? これから入替え戦で剣を交えることになるのだからね」
 今度は発田から新入生たちに問いかけた。
「先輩、お聞きしてもいいですか?」
 一人の新入生が手を上げた。
「いいよ、何を聞いても。おや、キミはさっきのまじめな子だね」
「ちょっ、竜太はん?」
 剣二はいきなり竜太が手を上げたので驚いた。
「いいから、北条」
 竜太は剣二を制して発田に向かって話し始めた。
「先ほどの試合の中で、どうして四つも技を出されたのですか? オレ、いや僕としては小手、面の二つの合わせ技で充分に一本勝ちを取れたと思うのですが」
 竜太の質問を聞いてから発田はまたニッコリと微笑み
「なるほど、じゃあこちらからもう一回聞いてもいいかな? ボクがどうして四つも出さないといけないのかを」
「……。わかりません」
「そうか、わからないか――わからないだろうなキミたちには。答えは簡単だよ。相手に勝つためには必要だからだよ」
「でも、試合では一本をとれば充分じゃないのですか?」
 少し納得がいかない表情になる竜太。
「ん? どういう事かわかりにくいけど」
「つまり、相手の突きをかわして小手を入れるのはわかるのですが、その後の面打ちで充分と言いたかったのです。それをわざわざもう一回小手を入れて、充分面打ちができるのに面を外して面金を打ち、決め技で胴を入れたのは、最初から胴打ちを狙うために痛めつけたとしか思えないのですが」
「竜太はん!! 言い過ぎだって」
 竜太の言葉を聞いていて青くなる剣二。
「なるほど、そこまで見えていたのですね。なかなかすばらしい。若いのに逸材だと思いますよ。じゃあもう一つ聞きましょう。キミはどうして剣道をしているのですか?」
「やっぱり自分自身強くなりたいと思うからですけど」
「そうですね。強くなりたい。素直な答えですね。じゃあわかるでしょう」
「え?」
「強くなるためには相手を倒さないといけないでしょ。いや叩きのめして勝たないといけないのかな」
「お言葉ですが先輩。剣道はただ勝つためだけではないと思うのですが――剣の道は勝負だけではないと教わったのですが」
「ほう――剣の道ね」
 それまで微笑んでいた発田の顔が剣の道と聞いて急にゆがんだ。刹那持っていた竹刀をいきなり竜太の頭めがけて振り下ろした。
『びゅん!』
 竹刀から風の切る音が聞こえ、竜太の鼻先の前でピタリと止まった。その場にいた皆が一瞬息を飲んだ。
「剣の道ね――生きるか死ぬかの勝負の時にそんな甘っちょろい事を言っているようじゃ駄目ですよ。もしこの竹刀が剣だったらキミはすでに一刀両断されていたかも知れないですね。油断しましたね」
 竹刀を眼前にして竜太は発田を睨み付けた。
「先輩の剣は『人を傷つけるためのもの』ですか? 僕は『剣は人を護るためのもの』だと教わりましたが」
「ほほう、なかなかいい度胸をしていますね。絶対的不利な状況下でこのボクに意見をしますか? まあいいでしょう」
 そういって、発田は竹刀を納めた。周りからは安堵のため息が聞こえた。
「竜太はん、ほら、謝らんと」
 剣二がその場を取り繕おうとする。しかし竜太はまだ発田を睨み付けている。
「人を護る剣ね――面白い。ボクはキミに興味を持ちましたよ。名前は?」
「中村。中村竜太です」
「中村クンね、覚えておきましょう。それと、ぜひキミと一戦交えたいですね。入部試験待っていますから」
 そういって発田はクルッと振り返り武道場の中央に歩いていった。その後姿はほんの数分前に見せていた笑顔や温和な感じからは程遠い怒り、憎しみなど憎悪の感情があふれ出ていた。
「竜太はん――あのお方やっぱりただものじゃないですわ」
「ああ、俺の言うことをあそこまで否定するなんて」
「竜太はん、気をつけなはれ」
「北条もな。試験で当たるとおそらく勝ち目はないだろうな」
「竜太はんもうちで以ってしてもですわ」
 竜太と剣二は目の前に立ちはだかる発田に対して成すすべがないように思えた。
 そして新入生たちの入部試験が始まった。

 挿話2に続く
☆お気に召しましたら拍手をお願いします。

もどる | すすむ | もくじ
Copyright (c) 2008 Xing Oolong All rights reserved.