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● 外伝第2話 --- 1日遅れのサンタクロース ●

 『十二月二十五日』

 巷ではこの日を『クリスマス』とよぶ。街を行き交う人は何となくあわただしく、家路につくもの、どこかに出かけるもの、それぞれ嬉しそうな雰囲気に見えた。
「クリスマスケーキいかがっすかぁ!」
「○○屋のスペシャルケーキをお土産にどうですか!」
 竜太と剣二はそんな少し浮き足立った巷の状況の中で、二人きりでサンタクロースの格好をして駅前の洋菓子屋の店頭でクリスマスケーキを売るアルバイトをしていた。
「あんまり買っていかないな……。北条」
「そうですな、竜太はん。さっぱり売れませんな」
 寒空の中二人は声を張り上げているが、立ち止まってくれる人はほとんどいない。そんな状況の中でケーキは売れるはずもなかった。
「とりあえず、今日一日がんばったら目標金額になるんでしたっけ?」
「そうだけど、この調子じゃなぁ。せめてあと十個くらいは売れて欲しいけど……」
「とりあえず早よ片付けましょ」
 普段部活に明け暮れている二人はほとんどアルバイトをしたことがなかった。しかし、急にどうしてもあるものを買わなければならないことになってしまったのだ。
「竜太はん。いくらでしたっけ。かえではんのは」
「確かいい白樫のヤツだったから、一万五千円だったかな……。高いなぁ」
「でも、壊したのはうちらやし」
「そうだよな」
「かえではん、お気に入りの形用って言ってはったから、とても悲しそうやった」
「そうだよなぁ。普通なら俺たちぶっ飛ばされてもおかしくないのに、あの時だけは悲しそうだったよな」
「許してもらえへんかも知れんけど」
「そうだよな まあ、おととい俺が練習に応用できるかと思って勝手にかえでの物を使ったのがいけなかったんだな」
「いや、竜太はんだけやあらへん。うちも竜太はんの試合対策になると思って止めもせんかったから、うちも同罪や」
「でもあんなに簡単に折れるとは思わなかったな……」
「使い方間違っていたんやし当然ですわ」
 二人とも深くため息をついた。竜太と剣二はどうやらかえでの薙刀を壊したみたいだ。それもかなりかえでが大切にしていた物らしい。
 薙刀には柄が樫木で剣先が竹でできている試合用とすべて樫木で出来ている形用があって、二人が壊したのは値段から察するに形用だ。それもかなり高級な白樫製である。
「かえではん、悲しそうやった」
「親父さんからのプレゼントされたものらしいな」
「謝ってもあかんやろうな」
「でも弁償しとかないと」
 
 いつまでもため息ばかりついていられない。二人は仕事を再開した。
「クリスマスケーキいかがっすかぁ!」
「○○屋のスペシャルケーキをお土産にどうですか!」
「あら? 中村くんに北条くん? ここでアルバイト?」
「うわっ!? しのぶ先輩!?」
 二人がアルバイトをしている洋菓子屋は学校近くの駅前だったので、誰かに会ってもおかしくはなかった。
「東堂先輩。よくうちらってわかりはりましたね。こんな格好しているのに」
「変装していてもわかるわよ。毎日練習で声聞いているんだから。でも急にアルバイトなんてどうしたの?」
 二人は一昨日の出来事をしのぶに説明した。
「そうなの。だから西園寺さん少し元気なかったのね……。よし! じゃあ、私も手伝おうか」
「えっ? しのぶ先輩が? ダメですよこれは俺と北条二人の問題だし」
「ほらほら、早くしないと武道具店が閉まるんでしょ。こういうのは時間との勝負よ。あっもしもし、ゆーこ? しのぶ。ちょっといいかな……」
 しのぶは同じ剣道部のゆーこに電話をしてしばらく竜太たちと一緒にケーキを売るのを手伝った。しのぶが加わったおかげで立ち止まって店を眺める人が増えてきた。しばらくすると、背丈はしのぶと同じくらいのショートカットの子がやってきた。
「あっ、きたきた。ゆーこ! こっちこっち」
「かわいい後輩のピンチというのでやってきたよ。中村くん、北条くん」
「ありがとうございます。ゆーこ先輩」
 二人はゆーこにお礼を言った。
「お礼はいいから、ほらその衣装を貸して。一度やってみたかったんだよなこんなアルバイト」
「でもあんまり派手にしたらだめだからね」
「わかってますよ。しのぶは心配性なんだから」
 しのぶは竜太たちからサンタクロースの帽子と上着を受け取ると、二人にそっとなにやら耳打ちした。
「クリスマスケーキいかがですか!」
「○○屋のスペシャルケーキをお土産に!」
 今度はしのぶとゆーこが店頭で声をあげた。すると、店の前にすっと列ができた。といっても竜太と剣二の二人だが。
「はいはい、並んで並んで、あわてないで、まだまだケーキはありますから!」
 言葉巧みにゆーこが竜太たちが並んでいるように振舞う。そうしているうちに、あれほど二人が声を張り上げてもほとんど立ち止まってくれなかった人たちが、急に店頭に近づいてきた。しのぶとゆーこは竜太たちをサクラにしてケーキを売ろうとしたのだ。結果。あっという間に長い列ができ、ケーキは瞬時に完売した。女の子二人がサンタクロースのコスプレをしているのだから、当然の結果かもしれない。しのぶの作戦勝ちである。
 洋菓子屋の店長は急にケーキが完売したと聞いて驚いた。
「君たちいったい何をしたの?」といって喜び、約束よりも少し多くのアルバイト料を二人に渡した。

「しのぶ先輩、ゆーこ先輩ありがとうございます!」
「いいのいいの。ほら、早く行かないと店が閉まるわよ」
「このうめ合わせはしてもらうからね。二人とも」
「はい! ありがとうございます! 先輩!」
 しのぶとゆーこは二人を急かして武道具店に向かわせた。
「しのぶは後輩に甘いよなぁ」
「ゆーここそ、お互いにね」
 二人を見送るしのぶとゆーこは何処となく嬉しそうだった。

 竜太と剣二はなじみの武道具店に急いだ。店は閉まりかけだったがなんとか間に合った。ところが、
「えっ、売り切れた!」
「ああ、ついさっきな」
 すまなそうに答える初老の店主。
「次はいつ入るのですか?」
「年末だからね。一月の中旬かな」
「それじゃ遅すぎるよ、他にないの?」
「あることはあるけど……。ちょっと値が張るよ。君たちが欲しかったものの倍の値段だよ。最高級の白樫製だからね。でもどうして形用の薙刀がいるんだい? 二人とも剣道部だろう?」
「……」
 二人は途方に暮れてしまい、店の中でへたり込んでしまった。それを見た店主が気の毒に思い、
「どうしても欲しいなら、訳を聞かせてもらおうか」と話し掛けた。
 二人はかえでの薙刀を壊してしまった顛末を店主に話し、弁償する為にアルバイトをしてきた事を話した。すると店主は痛く感動して、
「西園寺の娘さんのために欲しいのなら、君たちの手持ちのお金でわけてあげよう」
 二人は驚いた。手持ちのお金では到底足りないのだ。
「ありがとうございます。なぜ?」
 店主は黙って店の名刺を渡した。二人は名刺を見て改めて納得した。
「いままでこのことを知らなかったのかな君たちは、古くからの付き合いなのに。まあ、店の屋号からは名前はわからないか……」
 二人は少々苦笑いしてうなずいた。こういうこともあるのだと。
 店主は丁寧に薙刀を包んでくれた。するとすっと包みの中に小さな紙をしのばせた。竜太たちに気がつかれないように。

 二人は、白樫の薙刀を受け取って店主に御礼を言ってかえでの家に急いだ。
 かえでの家に着くと何故かかえでが家の前で待っていた。
「お疲れさま。別に気にしてなかったつもりなんだけど……。ごめんなさい。ホントいろいろ苦労させて」
「えっ? かえでなんで俺たちが来るのわかってたの?」
「さっき、おじいちゃんから連絡もらったの。もう思わず飛び出しちゃった」
 すこし照れくさそうに微笑むかえで。竜太と剣二はお互いをみてうなずいてから、
「かえで(はん)。ゴメン。大切なもの壊してしまって。全く同じものとはいかなかったけど、これ……」
 二人は先ほど買った薙刀をかえでに渡した。
「ううん。ゴメンね高かったんでしょこれ。おじいちゃんの店のとっておきの上物を持っていったからって聞いていたから」
「あの店が、かえでのおじいさんの店とは知らなかったんだよな。北条」
「そうそう、偶然にしては出来すぎた話やわ」
「ありがとう。竜太。北条くん。大切にするね」
 二人はかえでの笑顔を見てほっとした。薙刀を壊してから見られなかった笑顔だ。ようやく元気なかえでにもどった気がした。

 二人が帰ってから、かえでは薙刀の包みをほどいた。すると一枚の小さな紙がはらりと落ちた。そこには、
『良い道具はお金を出せば手に入るが、良い仲間はお金を出しても手に入らない。かえで、おまえはとてもかけがえのないものを手に入れた。この薙刀は彼らの思いがある。私もその思いに応えたい。 じいより』
 かえではその紙をそっと薙刀袋にしまった。
「ありがとう。一日遅れのサンタクロースさんたち」

 <おしまい>
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