私話集1

オーバーラップ 霧原的短編 「冬休みの情景」

 落ち着かない。
 地面に足が付いていないというか、心ここにあらずというか。
 その原因は分かっている。ただ、分かっているからといってどうにでもなるものではない……今回の場合、特に。
 ちらりと隣を見た――というか、見上げた。
 竜太より身長が15センチ高い彼女は、周囲をきょろきょろ見渡しながら、普段より笑顔3割増で世界を見渡している、ように見える。
 まぁ、事情を知って協力しているので、その笑顔を微笑ましいと思えればいいのだが、
「どうして俺なんだかなぁ……北条に見つかったら面倒だろ」
 ぽつりと呟いた苦言は、年始のバーゲンセールに向かう女性たちの足音にかき消されたのである。

 ことの発端は24時間前。年が明け、残り少ない冬休みをコタツにミカンで満喫しようとしていた竜太は、
「あのね、竜太……お願いが、あるんだけど」
 と、何だか下手のかえでに駅前の商業施設(要するに駅ビル)まで呼び出されたことに始まる。ちなみに彼が逆らえないのは、勿論、「頼みを聞いてくれたら冬休みの課題を手伝う!」という魅力的な餌に釣られたからである。
 1月初旬、日中でも風が吹けば肌寒い。思わずマフラーを巻きなおし、待ち合わせ場所にやってきた幼馴染を見上げる。
「で、どうして俺がお前の買い物に付き合わなきゃいけないんだよ」
「暇だからいいでしょ? それに……これは総力戦なの。人数が多ければ多い方が有利なの!」
「じゃあ、どうして俺なんだよ」
「しのぶ先輩にも声はかけてみたんだけど、今日は親戚回りがあるからダメだって……」
 本気で凹んでいるかえでをなだめつつ、彼女の足が向く方へついていく竜太。
 駅から商店街を抜けるらしい。この先にあるのは……某老舗デパート、のはずだ。何年も前に立ち寄ったきりなので、いまいち自信はないけれど。
 ……気がつけば、自分たちと同じ方向へ向かう人が、一つの流れを形成していた。しかもその9割が女性。
「……なぁ、かえで。何事だ?」
「福袋よ」
 いつの間にか戦闘モードのかえでが、竜太の方を振り向きもせずに答える。
「福袋? こんな正月終わりの時期にか?」
「あえてずらすのが恒例なの。竜太、最初に説明しておくけど……私たちの目的は一つ。6階特設会場にある「おひとり様一袋まで!」の日用雑貨詰め合わせ(税込3150円)よ」
「日用雑貨……ねぇ」
 なぜそれを血眼でゲットしなければならないだろうか。しかも自腹で。
「中身は基本的に竜太にあげる。いいものが入ってるはずだから無駄にはならないと思うよ。ただ……その中に、もし、引換券が入ってたら、私にそれだけ譲ってほしいの」
「引替券……?」
「噂じゃ、ハワイ旅行と引き換えられたりするみたいよ。それは当てた本人にしか分からないんだけど……毎年豪華な景品と引き換えられるから、こうやってライバルが沢山いるってわけ」
 なるほど。こうやって世の女性は釣られていくわけなのか。
 ただ、ハワイ旅行……噂だと思いたいが、それだけで福袋は赤字じゃないだろうか。そんな心配までする必要はないのかもしれないけれど。
「毎年挑戦しているんだけど、まだ何も引き換えたことがないの。だから、竜太のビギナーズラックに期待してる!」
「他力本願っていうんだぞ、そういうの」
「いいの! 毎年どんな景品があるのか気になってるんだから!」
 自分に理由を言い聞かせるように断言して、彼女の足が少し早くなった。ただでさえついて行くのに必死なのに……という言葉を口に出すのははばかられる。新年から負けを認めるような失態はさらしたくない。
「……」
 無言のまま、半歩先を歩く彼女を目で追った。制服で見慣れているとはいえ、かえでがスカート(私服)をはいているのを改めて見れば、何となく新鮮な気分にもなる。というか、いままであまり気に留めていなかったのだが、長身で武芸を続けている彼女は均整のとれた体つきで、特に足が長い。だから追いつけないんだ、ちくしょう。
「……けっ」
 改めて見つめた幼馴染を、少しだけ、遠くに感じてしまった。

 そして、1時間後。
「今年も……負けた……」
 戦いは無事に終わった。二人は並みいる兵どもから無事に目当ての福袋をゲットし……「それなりの」中身を手に入れた。
 それだけである。
 かえでが求めていた引替券は、どちらの袋にも入っていなかった。
 その場で開封して意気消沈のかえでを引っ張って、ようやく駅前にあるファーストフード店に落ち着いたところである。
「そんなに落ち込むことないだろ? 毎年負けてるのに」
「だから今年に期待してたのにー……竜太には分からないわよ、この繊細な乙女心がっ! あーぁ……」
 窓際にある二人掛けの席、竜太の正面に座って、ポテトをつまみながらため息をつく彼女のわきにある福袋の中身は、今年、彼女の家で何割使われるのだろう。何が入っていたのかをきちんと見たわけではないが、半分使えればこちらの勝ちではないだろうか。福袋ってそんなものだろうし。
「でも……よし、来年に気持ちを切り替えるっ! 来年も手伝ってよね、竜太!」
「ま、また俺もこんなよけい袋買わなくちゃならないのかよ!?」
「だって、竜太には頼みやすいんだもん、こういうこと」
「あのなぁ……」
 嘆息しつつ言い返そうとして……ふと、気付いた。
 かえでが、こちらを真っ直ぐ見つめている。
「かえで?」
「こうやって……いつまで、一緒に騒げるのかな、私たち」
 不意に。
 彼女は少し悲しそうに、ぽつりと投げかける。
「例えば、竜太が彼女を作っちゃったりしたら……」
「な、何言い出すんだよ、いきなり……」
「でも、可能性はゼロじゃないでしょ? あんなに素敵な人が近くにいるんだし」
 素敵な人。名前を出さなくてもかえでが誰を指しているのかは分かる。
 ――視線が、交錯した。
 かえでの瞳が潤んでいるように見えて、心臓が、跳ねる。
「あのさ、竜太……竜太は、その……」
 話を、何か話題をそらさなくては。そう思っても頭の中で焦れば焦るだけ、何の言葉にもなりはしないのに。
 ただ、何かを言わなくては。そんな思いだけが先行して、
「かえで、あのさ――!」
「……北条君と付き合ってるって、本当?」
 
 思考が停止した。というか、世界が、止まった。

「何となく前から怪しいなーとは思ってたんだけど……だって、たまに二人でヒソヒソ話してるし。部活も一緒だし」
 いや、それは主にあなたのことなんですけどねかえでさん。っていうか部活って、それを言われると……むしろ彼よりも疑ってほしい相手がいることは余談だが。
 言い返せない竜太の態度に肯定の意を感じた……のかもしれない。かえでは目を伏せながら「そっか……」と、寂しげにぽつり。
「だ、大丈夫だよ! 私はそういうの気にしないし! 二人だったらこれからもうまくいくと思う! お幸せにねっ!」

「っておい、違――」

「違わない! いい加減……起きなさいっ!!」

 その悪夢は、実に嫌な所でぷっつりと途切れた。
 視線の先にあるのは、天井。どうやらコタツで眠ってしまったらしい。少しだけ痛む体を起こしてみれば、机上に散らばった冬休みの課題が、嫌でも目に入ってくる。
 そして、
「何が違うの? 思いっきり寝てたじゃない」
 段々脳も起きてくる。そうだ、ここは彼女の家で……冬休みの課題を一部無理だと放り投げていたところで、首ねっこを掴まれたのだ。
「私がちょっと目を離した隙に……!」
 スーパーの袋を右手に部屋の入口にいるかえでは、どこからともなく反対の手には薙刀を持っていたりして。
 近づいて見下ろす冷たい笑顔が、竜太の背筋を凍らせた。
「次にそんな態度だったら……」
「だ、だったら……?」
 一瞬の間。かえでは一度呼吸を整えてから、静謐な口調でぽつり。
「――斬る」
「斬るなよ!」

 かくして。
 中村竜太の冬休みは、過ぎていく。


<杏 烏龍 的 解説&感想>
 私話集第一話は、霧原菜穂さまより頂きました『霧原的短編 「冬休みの情景」』です。  霧原さんとは、とある絵師さまつながりで、お知り合いになった方で、オリジナル小説の執筆者同志でお付き合いいただいております。そして先ごろオーバーラップのボイスドラマを頂戴した方でもあります。私自身、霧原さんの書かれている小説の大ファンでもあります。
 この作品は、今年の1月に某巨大SNSを通じて頂いていたのですが、栄えある私話集のTOPを飾るのはもう霧原さんしかいないということで、掲載させていただきました。
 それに、霧原さんはかえでの大ファンと言われるだけあって、このお話で見事なまでにかえでの性格を熟知して表現されました。
 そうそう、その天然ぶりと竜太にだけ見せる遠慮ないところ。いいですよね。最近かえでの元気なところを書いていなかったので、私自身改めてかえでの性格を再認識した次第です。
 本当にありがとうございました!
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