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● 第6話 --- 入部試験 ●

 朝、竜太は一人登校していた。入学以来かえで、剣二と一緒に登校していたのだが、今日は、はやる気持ちを抑えきれず、思わず一本早いバスに乗って登校した。
「ああ、どきどきするなぁ。いよいよだな」
 校門の前で思わずつぶやいてしまうほど竜太は緊張、いや、ワクワクしていた。待ちに待った憧れの剣道部への入部試験の日だからだ。
「よし! がんばるぞ!」両手で自分の頬をぴしゃぴしゃと軽く叩き、気合いを入れる。そうしているうちに、かえでが後ろから追いついてきた。
「もう、竜太! 先に行くならちゃんと言っておいてよね。寝坊したんじゃないかと心配するじゃない。たまたま明槻くんたちが『竜太なら先のバスに乗ったよ』教えてくれたから良かったけど、待ちぼうけになるところじゃない!!」
 すこしご機嫌斜めなかえで。
「ごめんごめんかえで。なんか今日はもう居ても立ってもいられなくて」
「あっそうか……。入部試験だもんね」
「うん。おっ、かえでもいよいよ部活か」
 かえでは練習用のなぎなたを持っていた。なぎなたはかえでの身長よりもすこし高く、手製の持ち運び用の布袋に入れていた。
「そうなの。いよいよ私の方も始まるって感じかな」
「始まるか。お前はいいなかえで。もう入部が決まっているからな」
「そんな、たまたまよ。今年は入部希望者が少なくて全員入部だったから」
「まあ、お前は強いから試験が有っても大丈夫だろう」
「そんな強くないよ。わたし」
「いやいや、俺に謙遜してもダメだぞ。やっぱ、かえでは強い」
「どうしたの竜太?」
「かえでの今その姿を見ていると、明らかに強いとわかるぞ。やっぱ『おにかなにかえなぎ』だよな」
「あら竜太、ほめてくれているの? でも『おにかなにかえなぎ』ってなんなの?」
「ん? ほら、ことわざにもあるだろう。『鬼に金棒』だから『かえでに薙刀』……」

 ポカッ!!
 
 竜太が言い終わらないうちにかえでのパンチが竜太の顔に炸裂した。
「いってぇ! かえで! いきなりパンチかよ! 少しは手加減しろよ思いっきりボコりやがって」
「何言ってるの! ほめてくれてると思ったらなによ『鬼に金棒』なんて!」
「だってそうだろう! かえでといったら薙刀だろう!」
「だからといって、例えるのが鬼なんてひどいじゃない! かよわき乙女をつかまえて」
「なぎなたを持たせたら、手がつけられないくらい強いくせに、何がかよわきだ!」
「ほらほら、お二人さん。もう何してますんや。朝っぱらから痴話ケンカして」
 後ろから追いついてきた剣二が、やれやれといった表情をして二人の間に入った。剣二を見てかえでが
「あっ、北条くん聞いてよね! 竜太ったら人をオニ呼ばわりするのよ」
 竜太も間髪いれずに、
「こんなにボコったくせに、オニそのものだろ!」
 また、二人は言い争いを始めた。剣二はもううんざりと言う表情をして、
「まあまあ、かえではん。竜太はんもそんなつもりで言ったんじゃないと思いますで、なんと言うか、かえではんはその姿がいちばんかえではんらしいといいたかったんじゃないやろか?」
 剣二にそう諭されて、かえでは少し落ち着いてきた。
「ふう〜ん。そうなのか……。私らしいね。そうなのかな?」と、まんざらでもない様子。そして、くるっと竜太のほうを振り返って、
「まあ、今日のところは北条くんに免じて許してあげるわ。竜・太・く・ん! そんなことばかり言ってるともう応援なんか行ってあげないからね!」
 竜太はまだ何か言いたそうだったが、剣二の目が『ここは黙っていなはれ』と竜太を制した。仕方なしに竜太はしぶしぶ、
「はあ〜い。すみませ〜ん」
 まだ納得がいかない返事をした。その返事を聞いて剣二はあらためて二人に、
「ほんま二人とも、朝っぱらから何してますんや! いい注目の的でっせ! もっとわきまえてもらわんと。うちはもう知らんよ」
 剣二に説教されて竜太とかえでは少し小さくなった。 

 三人は学校へと桜並木の中を歩き始めた。剣二がふとかえでに尋ねた。
「そういえば、かえではん。今日から部活やったら、うちらの入部試験のときは見に来られへんのやね?」
「ううん。今日は部活といっても自己紹介と道具の整理だから早めに終わる見たいだから、すぐ応援にいくね。二人ともがんばってね」
「うわぁ! かえではんに来てもろうて、応援されたら、もううちは……」
「『おにかな』だな。北条」
「竜太はん! 全く懲りてまへんなぁ」
 呆れ顔の剣二に、もう知らないと苦笑いのかえで。三人はそのまま校舎に入り自分の教室に向かった。このドタバタのおかげかどうかはわからないが、竜太はかなりリラックスできた。

 いよいよ放課後。竜太たちは稽古着に着替え、胴とたれをつけて武道場に集まった。お互いやはり稽古着になると気持ちが引き締まった。
 入部希望者は、一昨日の時と同じく男子三十二名、女子十名集まった。この中で入部を許されるのはたったの男女とも五名。かなり狭き門だ。当然お互いがライバル同士。皆静かに武道場で正座をし、精神を集中してその時を待った。
『どおん! どおん!』
 やがて、合図の太鼓の音が響き、顧問の嶂南先生がのっしのっしと現れた。この間の説明会の時以上に鋭い視線を入部希望者たちに浴びせかけた。
「諸君!! いよいよ君たちが待ちに待った入部試験だ。普段の君たちの力を存分に発揮して、入部を勝ち取っていただきたい! 我々は君たちを待っている。ん? 返事は!」
「はい!!」
「よし、よし。中々気合が入った良い返事だ。ここでもう一度入部試験のしくみをおさらいしておこう」
 嶂南は上級生に合図をし、模造紙に書かれた入部試験の説明を壁に張り出させた。
「本日入部を希望する新一年生は全員で男三十二名、女十名。これを男十名、女六名まで絞り込む。方法は三本勝負のトーナメント方式だ。このトーナメントの勝者と、そのトーナメントで負けてしまった者の中で敗者復活戦を同じトーナメント方法で戦い、その勝者を合わせた男十名、女六名が最終試験に臨むことが出来る。最終試験は、全員が二年生と戦っていたただく。今度は三本先取を勝者とし、新一年生がこの試験に勝利すると入部することが出来る。ただし、新一年生の勝者が五名以上の場合は、五名になるまで試合を続けていただく。一つ言っておくが、君たちと戦う二年生は、今回残念ながら入替え試合で勝利できなかった先輩達だが、君たちを一人倒すごとに次回の入替え戦のアドバンテージを与えている。決して弱くはないからそのつもりでな。以上が入部試験のしくみだが、君たちの中で何か質問があるか?」
 嶂南の大きな声に終始圧倒されていた竜太たち新一年生達だが、一人がゆっくりと手を上げ質問をした。
「先生、もし最終試験で全員が先輩たちに負けてしまった時は、五名になるまで試験は続行するのですか?」
 もっともな話だ。入部枠は五名なのだから多ければ五名に減るまで続け、少なければ五名に満たすまで続けるのと考えるのが普通であろう。その質問を聞いて嶂南は少し間を置き一言一言をかみ締めるようにゆっくりと答えた。
「いや、全員負ければ今回の入部試験での入部者はゼロだ。たとえ上級生でも入替え戦で敗れた者に勝てないとなると残念だが入部の許可はできない。勝負の世界は非情だ。それを肝に銘じて戦って欲しい」

 周りは水を打ったかのように静まり返った。皆の予想をこえる厳しさだったからだ。
(入部者ゼロ)
 重々しい空気がただよう。しばらく竜太たちは無言だった。それを切り裂くように嶂南は大きな声で竜太たちに向かって言った。
「なんだなんだ! 元気がなくなったのか。試験をする前からもう負けか! そんな気持ちでどうするんだ!! 君たちはこの剣道部に入部する為にがんばってきたんじゃないのか?今ここでがんばらないで、いつがんばるんだ!! さあ、気合いを入れるんだ! ん、どうした返事は!」
「はっ、はいっ!!」
 竜太たちは自らを鼓舞するように大きく返事をした。その返事を聞いて嶂南は満足した表情になって、
「そうだ。それくらい元気がなくてどうする。がんばって合格を勝ち取っていただきたい。我々は君たちを待っているぞ。他に質問は?」
 別の新入生が恐る恐る手をあげて質問をした。
「もし……、もし入部できなかった者たちは、ここでは練習するすることはできないのでしょうか?」
 嶂南は質問を聞いて、その質問した者を見てゆっくり答えた。
「君はもう負ける気でいるのかな?」
「いっ、いいえ、万一入部できなかったら、次回の試験も挑戦する気があるので、練習の場があるかどうかお聞きしたかったのです」
「そうか、そうか。挑戦する気持ちは大切だからな。試験後に言うつもりだったが、この質問が出たので今説明しておく」
 嶂南は一呼吸おいて説明を続けた。
「わが桜ヶ丘高校にはこの剣道部以外に他のクラブではいわゆる『二軍』にあたる『第二剣道部』がある。あえて、補欠とせずに別の部としたのは、やる気、士気を低下させない為だ。この部は入部試験はなく希望者は全員入ることができる。ただしこの第二剣道部と剣道部の大きく違う点は、全国大会等の試合には出場できないことだ。しかし、第二剣道部でも剣道を志すものたちが日々切磋琢磨している。はからずも入部できなかった人たちは、第二剣道部に入部して来るべき日に向けて日々研鑚してもらいたい」
 ここで初めて明かされた「第二剣道部」の存在。竜太たちの緊張感がこれで一気に高まった。彼らが志している剣道部と第二剣道部の差は大きい。そしてかなり狭き門である。
 嶂南は他に質問がないタイミングを見計らって、上級生に指示して入部試験の組合わせ表を武道場の壁に貼り出させた。竜太たちは自分達の名前を確認する為に組合わせ表を見にいく。竜太、剣二二人は同じトーナメントの組合わせには入っていないことに気がついた。
(良かった……。お互いにつぶしあいしないで済みそうだ)二人ともほっとした。
 武道場の真中に戻ったところで、嶂南が先輩らしき何人かを呼びだした、
「え〜試験の前に君達と最終試験で勝負する先輩たちを紹介する。彼らは先ほど説明した今春の入替試験で惜しくももれてしまった者達だ。しかし、君たちよりは心技体どれをとっても君たちよりはかなり上だ。この意味はわかるな。彼らをなめてはいけないぞ」
 男女の先輩五名づつ竜太たちの前に並びだしたところで、竜太ははっとなった。
(もしかして……。しのぶ先輩がいるんじゃ?)竜太の心はかなり乱れた。しかしよく見るとその中にはしのぶは入っていなかった。
(良かった。しのぶ先輩は大丈夫だった。約束を守ってくれたんだ。よお〜し!!)
「竜太はん。東堂先輩は無事残ったはりますな。よかったですや」剣二は小声で竜太に耳打ちした。それに応えて竜太も言った。
「俺たちもがんばるぞ!! 北条」
「はいな。お互いに」
 二人とも口を一文字に結んで面をきりりと引締めた。
「おや? 一名足りないぞ。誰か来ていないのか?」
 嶂南は主将らしき男子に問い掛けた。
「山本が来ていないようです。先ほどまでここにいたのですが……」
「山本だと? さっきまでここにいただろう。誰か知らないのか?」
 嶂南の問いかけに困惑の表情の上級生達。すると武道場の入り口でその質問に答える声がした。
「先生。山本クンは此処には来ませんよ。ボクと代わってもらいましたから」

 ゆっくりした口調だが澄んだ空気のような高くハスキーな声が武道場に響いてきた。その声を聞いたとたん嶂南と上級生達は思わずはっとなった。
(まさか?その声、その話し方……。まさか!?)  皆は表情をこわばらせた。明らかに動揺している。竜太たちは何故そうなるかわからない。すると、武道場の入り口がすっと開いてかなり長身の男子生徒が入ってきた。剣道の稽古着を着ている。
「嶂南先生。ご無沙汰しております。ただいま戻りました」
 上級生たちは一斉にどよめいた。嶂南はその彼を見てこわばった表情のまま搾り出すように声をあげた。
「はっ、発田(はった)!! 発田なのか!! おまえ、どうして!?」

「あっ、あの人は!!」
 発田と呼ばれた男子生徒を見て、竜太と剣二は一昨日に校舎の前でかえでとぶつかった長身の人だと気がついた。


第7話につづく
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