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● 第10話 --- 秘めたる気 ●

 新入生たちは、つい先ほどまで繰り広げられていた喧騒が幻かの如く静かに身支度をしていた。竜太と剣二も黙々と胴と垂を身につけ、面、小手を身の手前に置き静かにその時を待っていた。
「それでは、第一組から試験を開始する。受験者は前に出て準備するように」
 顧問の嶂南が試験開始を告げる。剣二は第一組、竜太は第四組だ。剣二は大きく深呼吸をし、頭に和手拭を巻き始めた。ふと隣を見ると、竜太は武道場の奥の壁を真剣な眼差しで見つめていた。かなり思いつめているように見てとれた。
「竜太はん――考えすぎはダメやで」
 剣二はそっと竜太に声をかける。竜太はその声で我にかえった。
「ああっ、ありがとう北条」
「さっきの発田先輩の事やね?」
「……」
「ほら、その事は後で考えるとして、今は眼の前の試験に集中せんと――」
「そうだよな」
「それと竜太はん、こんな所で負けたらうちは許さへんよ。竜太はんを倒すのはうちだけやからね」
と言って、ポォンと竜太の肩を後ろから叩き、気合を鼓舞する剣二。竜太はその手荒い励ましでかなり気合が入った。
「ありがとう。でも俺は絶対に負けないからな。北条こそつまらないところで負けるなよ」
「よっしゃ、その意気や。先に行って待ってるで。必ずついてきてな!」
 剣二は面をつけ終わるや否や立ち上がり、左腕一本で竹刀を数回振ってみせた。
『びゅんびゅん』
 その音は、少し前に発田が発した素振りの音より高くて澄んだ音に聞こえた。
(北条かなり調子がいいみたいだな。よし!俺も集中しないと)

 竜太は剣二が集合場所に行ったのを見届けてから、頬を両手で数回叩き集中力を高め、自らの試合に備えるために身体を動かし始めた。ただ、他の新入生も各々が身体を動かしているので、武道場の中では素振りができるだけのスペースはほとんど無かった。
(外で少しばかり素振りするか――)
 竜太は短時間なら自分の試験にまでは間に合うだろうと思い、竹刀を持って武道場の外に出て行くことにした。外では竜太と同じことを考えている者たちが素振りや体捌き、足捌きを確認していた。
 竜太もひと通り身体をほぐしたあと、ゆっくりと素振りを始めた。中段、上段、左手一本、足捌きを交えてと自らを確かめるように黙々と続ける。
(よし! 身体が良く動く。今日はかなり調子がいいぞ)
 試験に臨むという緊張感が竜太を昂ぶらせ、普段よりも早く調整が仕上がった。身体の次に気持ちも充実してきたので一旦武道場に戻ることにした竜太だったが、ふと校舎の隅に竜太に背を向けて一人で立っている発田に気がついた。
(発田先輩だ……。あんなところで何をしているのだろう?)
 数分前にらみ合った人だったが、すこし好奇心も手伝って、竜太は見つからないようにと忍び足で発田に近づいていった。校舎の陰に隠れて息を殺しながら見てみると、発田は右手に木刀を持ち微動たりせずに立っていた。静寂な時間が辺りを包み込む。
(集中力を高めているのかな?)
 発田は動いてはいなかったが、周りに対しての集中力を高めているように見えた。『気』の集中である。
 しばらくすると二人の間にそよ風が吹き、発田の傍らの桜の木から葉が何枚か舞い降りてきた。その中の一枚は発田の左肩の上に乗った。しかし、葉が乗っても発田は全く動かない。すぐその後にまた一枚の葉が竜太と発田の間に舞い降りてきた。すると発田はいきなり身を翻し、木刀を右手一本で抜刀するよう真一文字に動かした後、両手で木刀を握りなおし、落ちてくる葉を袈裟斬りにした。この一連の動作だが、言葉以上に大げさで無駄な動きは微塵もなかった。その証拠に発田の左肩に乗っていた葉は落ちていなかったのである。
 発田に袈裟斬りにされた葉はそのまま向きを変え、竜太の近くに静かに落ちてきた。その葉を何気なく見つめる竜太。
「盗み見ですか? 良くありませんよ――中村クン」
 竜太はかなり驚いた。発田の位置からは竜太自信は全く見えないのである。人の気配を感じる事はある程度の鍛錬を行なえば可能であるのだが、気配の主までも解ることはかなり至難の業である。その事が解る竜太は発田に対して恐怖心すら覚え、ここは謝って切り抜けようとした。
「すみません。盗み見するつもりは無かったのですが――」
素直に詫びをいれ、発田の前に歩み出た竜太。発田はそれを見て何事もなかったかのように穏やかに話し出した。
「まあいいですよ。ちょうどウォーミングアップが終わっておあそびをしていたのでね」
「おあそびですか?」
 すると竜太の目の前に落ちていた桜の葉がいきなり十字に切れ込みが入り、まるでよく切れるナイフで斬ったかのように四つに分かれた。竜太はそれを見てより動揺が大きくなった。折角試合前に状態を整えていたのがまるっきり無駄になってしまうほど気持ちが大きく乱れた。
「驚かせましたね。申し訳ないことをしましたね。どうやらボクのコンディションは良いみたいです。これも中村クンに出会えたからですね」
 うっすらと微笑む発田。
「僕と出会えたからですか?」
「そう、キミと出会えたからです」
「どういうことですか?」
「まあ、そんなに慌てなくてもいいでしょう。話を変えましょう。おそらくキミは今のボクの技は居合道に通ずるものと思っていますよね」
「はい。その剣捌き、太刀筋から見て『神道無念流』かと思いますが」
「ほう、正解ですね。なかなか勉強されていますね。でもボクの技はキミが言う居合の技や木刀など道具だけに依存してはいませんよ」
「他に何かあるのですか」
「簡単ですよ。ボクもキミも感じていることですよ」
「……『気』ですか?」
「その通り、『気』です。では話を戻しましょう。キミが聞きたいのは『何故キミに出会えたからボクのコンディションが良くなったか?』ですよね。それは中村竜太クン。キミも立派な『気』を操れる才能をお持ちだからですよ」
「えっ? 僕がですか」
「そう、キミもです。自分ではまだ気がついていない様子ですね。その口ぶりだと」
 竜太はいきなり発田に才能があるといわれても皆目見当がつかなかった。
「僕はそんなこと意識したことなかったのですけど――」
「そうですか――。まだキミには早い話として周りの方は配慮されたのでしょうか? でもこれだけは言っておきます。キミは最近では珍しい『秘めたる気』の持ち主ですよ。
「えっ? どういうことですか――」
「『秘めたる気』は他の剣術をたしなむ剣士と違い、力で圧倒するのではなく気を充実させ、巧みに操り、相手の動きの先の先までもを読みきる異色の剣術。そしてこの剣術は過去のどの流派にも属さないもので、まして居合道でも他の棒術等の武道でもなかったと――」
「……そうですか。それが何故僕にあてはまるのですか?」
「ボクも先ほどまでは忘れていましたが、キミからその気の一部を垣間見た瞬間に思い出しました。さる方と剣を交え、その方と全く同じ気であることが」
「えっ? 僕と同じ?」
「そう、まだわかりませんか? いいでしょう。特別に教えてあげます。キミと同じであろう『秘めたる気』の持ち主は――キミのお父サマ、中村一虎(かずとら)錬士六段です」
「!!」
 竜太は、いきなり予想もしなかった人からいきなり父の名を聞き驚き言葉を失った。
「なぜ? どうして――」
「おや? どうしましたか? 久しぶりにお父サマのお名前を聞いて感極まりましたか。すみませんね。おしゃべりがすぎましたかね」
「――どうして、あなたは父と剣を交じえることができるんだ!」
「それは、ボクと一戦交えて勝つことができたならお教えしましょう――ああ、でもこれじゃ不公平ですね。ではボクが勝ったらキミの知っていることを教えてもらいましょうか。これで賭けは成立ですよね」
「僕の知っていること!?」
「そうです。これはキミしか知らないことでしょう『秘めたる気』を操れる唯一の流派――『樹神(こだま)』についてです」
「こ・だ・ま」
 発田の言葉を受けてそうつぶやいた竜太はいきなり自分の中で抑えることのできない何かが湧き上がってくるのを感じた。心臓の鼓動がいきなり早くなり、手足、指先が小刻みに震えだした。
(なんだ?『こだま』って……それにどうしてこんなに身体が苦しくなるんだ?)
 発田は竜太の異変を感じ取ったがそのまま不敵に笑みを浮かべ、
「どうしましたか? どうやらキミは何も知らなかったみたいですね。まあいいでしょう。どうせボクが勝つのだし、後でじっくり聞かせていただきましょう。今のキミの反応ならかなり期待できますね」
 そういって竜太をそのままにして武道場へ立ち去ろうとした。
「待て! まだ話は終わっていないぞ! 一体何が知りたいんだ。何を知っているんだ!」
 竜太は搾り出すように声を上げた。身体中から一斉に汗が噴出し怒りにも似た感覚が包み込む。
「まあ、焦ることはありません。勝負でケリをつけましょう。キミも知りたいでしょう。ご自身のこともね」
 発田は竜太の言葉を遮りそのまま武道場に戻っていった。

 その場に残された竜太は発田がその場を去ってから、動悸、手足の震え、怒りの感覚がおさまってきた。しかし、心の中で小さい炎が火種となって燃えるよう感じはまだ続いていた。そして、自分自身が何故急にそんな感覚になったかは全く見当がつかなかった。ただ、父の名前と『こだま』という言葉が耳の中で何回も響いていた。
(なんだ『こだま』って? 懐かしいような響きなんだけど――だめだ、思い出せない)
 竜太は自問自答しながらゆっくりと武道場に戻った。武道場では剣二が竜太を待ちわびていた。
「竜太はん、どこ行ってましたんや。うち二勝して一次試験を突破しましたんやで。次は竜太はんの番やから、がんばって――ちょっと竜太はん……竜太は……」
 剣二は武道場に戻ってきた竜太を見て、ほんの数分前とは違う竜太の雰囲気に気がついた。明らかに感情が昂ぶりすぎている。この感じは、初めて竜太と対峙したときに、どことなく怒りに身を任せ、相手も自分自身もすべてを壊してしまうほどの刺々しさと同じに思えた。何故竜太が急に変わってしまったかは剣二は知る由もなかった。
 試験は竜太の組となった。 
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