もどる | すすむ | もくじ

● 外伝第5話 --- 星に願いを ●

 今日は七月七日。世間では七夕だが、竜太たち高校生は期末試験の真っ只中だ。

「ふぅ。ここまでやっておけば大丈夫かな?」
 かえでは明日の試験準備に余念が無い。おまけに自分の勉強以外にも竜太用の試験用ノートを作っている。しばらくすると、ひととおり試験対策ができたので一息ついた――ふと机の先の窓に目をやるとガラス越しに星空が見えた。
「今日は七夕か……。織姫と彦星のお話だったかしら」
 窓を開けて桟に頬杖をつき、星をぼんやりと眺める。夜空には天の川を挟んで白く輝く星が二つ瞬いている。
「年に一度しか会えなくても心は通じ合えているのよね――。どこかの誰かさんと大違い。毎日会っているのに」
 ちょっと愚痴っぽくつぶやいてみる。
「いつもそうよ。どこかの誰かさんはマイペース。話せば部活のことか東堂先輩のことばかり。少しはこっちの気持ちに気づいてくれればいいのに……まあ、それが一番アイツらしいのだけど」
 ため息まじりのつぶやきがとまらない。
「確か、小さい時にお願い事をいっぱい短冊に書いて、笹に結んだのね――」
 といったとたん、顔はみるみる赤くなり、あたりをきょろきょろ見渡した。何か思い出したようだ。
「そうそう、幼稚園の時かな、短冊に『竜太のお嫁さんになりたい』って書いたんだ。見られたら恥ずかしいから小さい紙に小さく書いて、結局笹に結べなくて、机の引き出しにしまったのよね」
 机に戻って引き出しを探してみると、果して、奥に小さな封筒が見つかり、その中には小さな短冊が入っていた。
「懐かしいな、かわいらしい字」
 そう言って、短冊を広げ、ひもを自分のひとさし指に結んでみる。あの頃も今も、竜太を想う気持ちは変わっていないことをあらためて感じながら軽く指を振ってみると、短冊は指先でくるくるとまわる。そのまま窓の外を眺めると、星が一筋の光となって流れた。
「あっ、流れ星!」
 あわてて、願い事をつぶやく。
「竜太とみんなと私がいつまでも仲良くいられますように」
 流れ星の行方を見届けて、かえではとても幸せな気持ちになった。
「みんな、この空を見ていたらいいのにね」
 
「はぁ〜。高校の試験は、ほんま難しいて、どうにかして欲しいわ」
 剣二はシャーペンをくわえながら、試験勉強をしていた。明日は苦手な数学なので思うようにはかどらず、時間だけが過ぎていく。完全に手詰まりの状態になっていた。
「竜太はんから、かえではんが作った『試験必殺!おにかな数学ノート』をコピーさせてもらったけど、覚えることがぎょうさんあって、もう追いつかへんわ……」
 ばたっと部屋の隅に敷いてある布団の上に倒れ込む剣二。布団の上に仰向けに転がり上を見上げると、部屋の窓を通して夜空の星が見えた。
「きれいな星や――そうや、今日は七夕やったんや、京都は七夕の時分はちょうど祇園はん(祇園祭)やから、あんまし知らんかったけど、清水はんとこの地主神社は確か七夕にこけし形の紙に想っている人と自分の名前を書いて笹に結んだら成就するっていってましたわ」
 そう言ったあと、剣二は顔がほんのり赤くなった。
「かえではん……」
 つい、想っている人の名を呼ぶ剣二。その自分の言葉に気がつき慌てて、
「いかんわ、竜太はん、かんにん」
 かえでが竜太を想っていることは当然知っている。でも、やっぱり自分はかえでのことを想っている。再び視線を外の夜空に向けた。天の川を挟んで白い星が二つ瞬いて見える。
「織姫はんと彦星はん。一年でたった一日だけ会うことができたんやね。うちも、かえではんと一日だけでも……」
 といって、また言葉をのみ込んだ。今の自分はどうかしていると剣二は思った。
「さてと、続きをせんといかんね」
 と、布団から起きようとしたとき、星が一筋の光となって流れた。
「おっ、流れ星や! 願いごとせな!」
 剣二はあわててつぶやいた。
「かえではん、みんな、いつまでも仲良うしてな」
 剣二の本当の気持ちだった。流れ星に願いをかけられて少し気持ちが楽になった。
「みんな、この空、見ていたらええのになぁ」

 しのぶは、すでに試験勉強は終えていて、試験明けの部活の事を考えていた。
 ちょうど七月の終わりに自分たちの最大の目標『玉竜旗全国高等学校剣道大会』の戦い方について考えていた。しのぶは二年生女子のリーダーなので、三年生の女子主将を補佐する役目だ。戦術、試合までの期間の練習方法など、いろいろと自分の考えをめぐらせていた。もちろん、しのぶにとってこのような役目は初めてだったが、持ち前の努力でカバーしていた。すると、その努力が顧問の嶂南の目にとまり、来年の次期女子主将を打診されたのだった。もちろんしのぶは驚いた。まさか自分がそのような大役に指名されるとは思ってもいなかった。それ以来自分が主将に適任なのかどうかを自問自答することが多くなっていた。
「よし、準備万端!」
 ひと区切りがついたところで、しのぶは部活用ノートを閉じた。そして、髪を束ねていた髪どめをはずした。色は紫色だった。しのぶは普段橙色の髪どめや、リボンで髪をまとめているが、ここ一番に気合を入れたいときは、必ず紫色のものを身に付けた。いつからこうしているかは覚えていないのだが、何故か紫色だと、より集中できるような気がした。いや、本当に集中していた。 
 髪をほどくと、やさしい面持ちになるしのぶ。ふと机の向こう側の窓に目をやると、夜空が見えた。
「そうか、今日は七夕だったわね」
 すこし気分転換に部屋からベランダに出ると、きれいな夜空と満天の星がしのぶのもとに降り注いだ。
「あれが天の川で、あれが――織姫のベガで、こちらが――彦星のアルタイルね。ちょうど明日の試験範囲かな」
 ベランダの手すりにもたれてつぶやく。つい試験勉強を思い出して思わずクスッと笑ってしまった。
「星か、ゆっくりと見る時間なんか最近無かったわ。ダメよねこんなんじゃ。先輩に笑われてしまうよね。『こらっ東堂! 余裕ないぞ!』ってね」
 ふと、憧れの先輩のことを思い出すしのぶ。先輩のことさえも思い出すいとまがなかった事が、いかに余裕がなかったかという事を身にしみて感じてきた。
「先輩……先輩ならこんな時どうなさいますか? 私――やっぱり自信がありません」
 つい弱気な言葉をつぶやくしのぶ。次期主将という大役が、しのぶの心の奥の弱さを大きくしていた。もちろん問い掛けても夜空は何も答えない。
 しのぶは、ふうっとため息をついて夜空を見上げていた。すると、大きな白い星が瞬いた。まるで励ますかのように。
「すみません先輩。つい弱気になって。先輩によく注意されてましたね。『弱いと思うと弱くなる。強いと思うと強くなる。大切なのは自分の気持ち』ですよね」
 ふと手に先ほどまで髪をとめていた紫色の髪どめが目に入った。
「そう、思い出しました。先輩からこの髪どめをいただいたのでしたね。心が弱気になった時、先輩を忘れないために」
 しのぶのつぶやきに答えるかのように、また白い星が瞬く。
「私が入部後に迷っていた時、道を照らしていただいたのは先輩でしたね。今度は私が後輩たちが迷った時に道を照らす役目なのですね。それが先輩への恩返しなのですね。だから――先輩見守ってください」
 すると、星が一筋の光となって流れた。
「あっ!」
 しのぶは、流れ星に向って
「もう迷いません。私やります! 必ずやり遂げます」
 決意を星に宣言したしのぶ。少し弱気な表情から、キリリとした眼差しのしのぶに戻った。
「この空、みんな見ていないかしら」

「むむむ、どうしてこういう答えになるんだよ」
 竜太はかえでに作ってもらった試験対策ノートを読みながら悶々としていた。明日の試験は数学と英語。どちらも苦手な科目だ。
「日本人なのにどうして英語が必要なんだよぉ」
 ぶつぶつ文句を言う竜太。英語を使わずに一日過ごす事は今の生活ではかなり困難なはずなのだが、そういう都合の悪いことは棚に上げて文句を言いつづけている。
「でも、今回赤点だとかなりヤバイんだよな――」
 机の上には『試験必殺!おにかな数学ノート』と『必勝確実!かえなぎ英語ノート』の二冊がおかれている。両方ともかえでの力作で、ひととおり読めばある程度試験範囲が理解できるようになっている秀逸なノートだ。かえでと一緒に勉強をしているときは本当にわかった気になるのだが、いざ一人になってノートを読み返してみると、かなり解らなくなっている。
「俺の頭じゃこれが限界だよな」
 とつぶやくと、携帯電話にメールが届いた。かえでからだった。
『起きてる? 寝てないよね。ノート表紙とにらめっこしないで、最低五回は読むように。声を出して読めばなお良し! がんばってね かえで☆ P.S.気分転換に夜空を見たらどうかな? 星がきれいだよ!!』
「げげっ、あいつここを見てるんじゃ……」
 竜太はあたりを見回した。まるでかえでが近くにいるような気がしたからだ。ちょうどだらけてきたところだったので、かえでからのメールはかなり効き目があった。
 とりあえず、声を出して二回読んでみた。真剣に読むのはかなり大変だった。あと三回――の前に、かえでのメールに従って、気分転換に外へ出て見た。
「おっ、確かに今日はきれいな夜空だ」
 満天の夜空を見上げる竜太。こんな見事な夜空を見るのは久しぶりだった。しばらくその場で星を眺めていると、またメールが届いた。
『どう? 見た? 星きれいでしょ。今日は七夕だから、ちゃんと明日の試験でよい点数が取れるように短冊に書いて笹につるしましょうね。私もちゃんとしてお願いしておくから』
「そうか、今日は七夕だったんだ。すっかり忘れてた」
 七夕、短冊、願い事――。まだ竜太とかえでが幼稚園に行っていた頃、七夕の日にいっぱい願い事を書いて笹につるした事が思い出されてきた。
「あの時は剣道がうまくなりたいとか、強くなりたいとか願い事がいっぱいあったよな」
 そうつぶやくと同時に竜太は何かを思い出した。すぐに部屋に戻り、机の引出しの奥から小さな紙を見つけ出した。
「これだ、幼稚園の頃に書いた短冊は」
 折り紙で作られた小さな短冊には、
『けんどう、つよくなるぞ りょうた わたしもりょうたにまけないくらい つよくなるぞ かえで』
 と、かわいらしい文字で書かれていた。
「もう十分強いよ。かえでは――。俺もがんばらないとな」
 懐かしそうに短冊を見ながら、ノートをもう一度広げる竜太。ふと窓越しに星が一筋の光となって流れたのが見えた。
「流れ星?」
 竜太は慌ててこうつぶやいた。
「かえでの為にも明日試験でいい点数がとれますように」
 せっかくノートを作ってくれたかえでの気持ちに応えようと思う竜太。もうひとがんばりしようと机に向った。
「今の流れ星、みんな見れたらいいのにな」

 次の日の登校時、四人が珍しく一緒になった。あいさつと同時に四人ともがこう尋ねた
「昨日、流れ星見た?」

<おしまい>
☆お気に召しましたら拍手をお願いします。

もどる | すすむ | もくじ
Copyright (c) 2008 Xing Oolong All rights reserved.