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● 挿話3 --- 胸騒ぎ ●

 かえでは、自分の部活が終わって、足早に剣道部の武道場に向かっていた。
「ホント遅くなってしまって――竜太の試合に間に合うかしら……」
 がんばって走っているのだが、何故か眼前に見える武道場になかなかたどり着けない。もどかしさがかえでの気持ちをより焦らせる。
「終わって無いよね――もし終わってても勝っているよね」
 この時の為に二人で頑張った日々が、想い出される。すべては竜太が桜ヶ丘高校の剣道部に入って活躍するため。かえではその瞬間をどうしてもこの眼で見たかった。
 ようやく武道場の中での声や音が聞こえるほどになった。中からは竹刀のぶつかり合う音、床を踏み込む音とともに気合い、拍手とどよめきの声が響いてくる。
「間に合ったかな?」
 かえでは少し安堵した。どうやらまだ中では試合が行われているようだ。そこでかえでは、走ってきて乱れた息を整えるために、一旦立ち止まって軽く手を広げてゆっくりと深呼吸を始めた。いくら中が気になるからといって、息が上がった状態で武道場に入るのはかなり気恥ずかしい。すると武道場の方から、
『いゃああ!』
 と、先程まで聞いていたのとは格段に違う甲高い気合いが聞こえたかと思うと、おおよそ竹刀では発することができないであろう鈍くそして重々しい破裂音のような音が聞こえてきた。
「え? 今の音は何?」
 かえでは、今まで剣道の試合や練習では聞いたこともないような音にいぶかしく思った。すると大声で何か叫んでいる声が聞こえてきた。叫び声の主は竜太だとかえではすぐに解った。しかし叫んでいる内容までは解らなかった。
 その後は、武道場からは何も音が聞こえてこない。水を打ったように静かなのである。
「今の声は竜太だわ。何がこの中で起こっているの……」
 胸騒ぎがする。
(このまま武道場に入るべきなの? それともここで待つべきなの? なぜ竜太は叫んでいるの? 入部試験はどうなっているの?)
 不安が募り、恐くて武道場の中へ入れない。かえでは迷う。
 すると、武道場の扉がいきなり開き、中から担架を持つ稽古着姿の数人が、一人の稽古着姿の男子をゆっくりと運び出してきた。
「軽い脳震盪だから、頭を動かさないようにゆっくりと医務室に連れて行くんだぞ」
 担架の後ろから、担架を持つ者の先輩らしき人物が小声で指示を出している。
「まさか! 竜太?」
 とっさにかえでは、担架に横たわっている男子の顔を覗き込んだ。まさか!? 竜太では無いかと。
 男子生徒は竜太では無かった。
(竜太じゃなかった)
 ホッと胸を撫で下ろすかえで。
(じゃあ、どうして叫んでいたの? 誰に向かって?)
 もう恐いなんて言っていられない。この目で竜太を確かめないといけないという気持ちが湧き上がってきた。
(逃げるな! 西園寺かえで。何のために竜太と一緒に頑張ってきたの。私が今出来る事は竜太を応援する事じゃないの!)
 意を決してかえでは武道場の引き戸に手をかけた。竜太の夢、そして自分の夢をしっかりこの目で確かめるために。
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