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● つるぎの舞 --- 其の六 ●

「西園寺さん。防具を着けて」
「え?」
「言った事が聞こえた? 防具を着けなさい」
 おもむろにつるぎはかえでに指示を出す。かえでは慌てて防具を取りに走り、急いでそれを着けた。支度の最中につるぎがかえでに話しかけた。
「西園寺さん。準備ができたら、もう一度互角稽古をします。ただし、もう解っているわね、西園寺さん。面打ちがきちんとできないとこの稽古は終わらないから、心して取り組みなさい」
「はい! 先輩」
 かえでは、自らに気合いを入れるように返事をする。その返事を聞いたつるぎは大きくうなずく。
「準備はできたわね。始めるわよ。はい! 始め!」
 つるぎの合図を受けてかえでは大きく気合いの声を上げ、つるぎに向かって間合いを詰め、なぎなたを打ち込んでいく。つるぎはかえでの動きに合わせ、その打撃をかわして自らにとって有利な間合いを保つ。
「やああぁ、胴!」
 かえでの最初の打撃は胴打ち、つるぎは予想していたのか、なぎなたの束で簡単に打撃をかわす。
「まだまだ! 打ち込みが甘い。腰が入っていないわよ。もっと丁寧に振る!」
 つるぎの注意にかえでは返事で答え、もう一度中段の構えから間合いを保つ。しかしつるぎはかえでに間合いの安息を与えず、すぐに自らの切先をかえでの眼前に押し込む。かえではすぐさま動かざるを得ない。
「西園寺さん、攻めが遅い! 相手が体勢を整える前に攻め始めるのよ」
 そう言ってつるぎはかえでの胴を攻め打つ。あっけなくかえでは胴を打ち込まれてしまう。
「先輩! もう一度お願いします!」
 そう言ってかえでは構えを取り直し、攻めに転ずる。前に、前に。送り足でつるぎの間合いを切る。つるぎはすぐさま後ろに下がりつつも半身になりかえでに簡単に打ち込ませない。
「やああああ!」
 つるぎは攻め入るかえでの動きをそのまま利用し、かえでの小手に打撃を入れる。かえでは、辛うじてかわすが、体勢がまた崩れ、つるぎにあっさりと面打ちを許す。
「西園寺さん、まだまだ動きが緩慢。もっともっと厳しく攻める。相手に飛び込む。まだ身体が思いとどまっている。遠慮は要らないわ。早く動く事がすべてじゃないの、打ち込むの! 心、力、そして打ち込む技術。すべてをなぎなたに集中させるのよ」
「はい!」
「返事だけでは勝てないわ。解るわね。もしこれができないなら、この次で最後にしましょう。あなたの持てる力を私にぶつけてきなさい。そして、あなたの決意をなぎなたに込めてきなさい!」
「はい! 解りました。お願いします!」
 かえではつるぎに返事をするや否や、今までで大きな声で気合いを入れ直した。その声は武道場を震わし、他で練習していた者たちの手を止めさせた。
「すごい気合い。かえで」
「つるぎ先輩がここまで厳しい指導をするのを見た事がないわ」
 周りの者たちの声は、かえで、つるぎの二人には全く聞こえない。まさに二人の真剣勝負であった。
 かえでの気合いを受けてつるぎは一気にかえでとの間合いを詰める。しかし、かえではその間合いをものともせず、つるぎに向かって打ち込んでいく。激しく当たる両者の切先。力と力のせめぎ合いがなぎなたの軋む音となっていく。両者は一歩も譲らずにひたすら押し合いがつづく。
しかし、力では体格の良いかえでの方が有利となり、徐々につるぎを後ろに下がらせていく。つるぎは下がりながらも渾身の力でかえでを押し込む。しかし、つるぎは止まらない。
「やあぁああ! 胴!」
 つるぎはかえでの押し込む力を利用して体を半身にしてかえでをかわし、なぎなたの持ち手をすばやく入れ替えてからかえでの胴を狙った。しかし、かえではその動きを読んでいたのか、前足を一歩引き、つるぎの打撃の間合いを外してからつるぎのなぎなたを大きく払った。
 つるぎのなぎなたはたまらず大きな弧を描いて床に落ち、もんどり打ったつるぎの頭上がかえでの眼前に晒し出される。
(チャンス!)
 かえではなぎなたをしっかり握り、つるぎの頭上に向かって打撃を繰り出す体勢になった。
(面打ち! 早く面を打つの!)
 うわ言のようにつぶやくかえでは、間合いを詰め、打撃の体勢に入る。すると、目前にまたも忌まわしい記憶がよみがえってきた。血塗られた男の子の顔がつるぎの面の前に現れた。
(だめ! 私は……私は!)
 時間にして本当に僅かな躊躇をかえでが襲う。しかしかえではなぎなたを握る手に力をこめて叫ぶ。
「私は! 私は負けない! もう出てこないで!」
 そうかえでは叫び、つるぎの頭上に向かって上段からなぎなたを振り下ろした。
「めぇええええん!」
 かえでの放った渾身の面打ち。切先が男の子の前に迫ると、その像は霧のように消え去り見えなくなった。そしてかえでのなぎなたは、そのままつるぎの面に向かって振り下ろされた。
 打撃はつるぎの面をとらえ、乾いた打撃音が武道場に響く。かえでは残心をとると、その後武道場は静寂に包まれた。

「やった……かえで。つるぎ先輩から一本取ったわ」
 武道場で二人の稽古をいつしか固唾を飲んで見ていた部員の一人がそうつぶやいた。その言葉が合図となり、武道場は、歓声と拍手に包まれた。かえでは気がついていなかったが、部員たちは、かえでが面打ちができない事が気になっていたのだった。
「西園寺さん、やっとできたわね」
 つるぎは面を外し、かえでの許に寄る。かえでは半信半疑な面持ちでいた。
「先輩……私、私、打てたのですね」
「ええ、見事な面打ちよ。やっと克服できたわね」
「はい。先輩……ありがとうございます」
 かえではゆっくりと防具を外して、つるぎに礼を言う。すると目から大粒の涙がこぼれだした。
「ほらほら、何を泣いているの。ただ面打ちが打てるようになっただけじゃないの」
「はい、でも……でも先輩。私……」
「ほら、泣くんじゃないの。あなたはようやくスタートラインに立ったのよ」
「はい」
 つるぎは人目も構わず泣くかえでの肩に優しく手をかけた。
「西園寺さん。さあ、ここにいるみんなもあなたを心配していたのよ。主将から連絡を受けて私はここにきたのよ」
「先輩……」
 かえでは武道場にいる先輩や同級生に向かって深々と頭を下げた。
「皆さん、ご心配お掛けしました。本当にありがとうございました。私、なぎなたが大好きです。これからもがんばります。よろしくお願いします」
 その言葉を受けて武道場内は、再び大きな拍手に包まれた。かえではつるぎを始め、なぎなた部の部員のほか、みんなの支えを受けて、やっと自分の心にあったトゲを自らの手で抜く事ができた。
 西園寺かえでのなぎなたは、ここから大きく変わった。

 なぎなた部の稽古も終わりに近づき、かえでも覚めあらぬ興奮からようやく落ち着きを取り戻してきていた。
「稽古止め!」
 主将の号令で部員全員が正座し、つるぎに向かって挨拶をする。
「先輩に礼」 
「ありがとうございました」
 なぎなた部の稽古はここで終わる。この後、普段は稽古の講評を先輩から受けるが、つるぎはすぐ立ち上がり、かえでに向かって手招きした。
「西園寺さん、ここにきて」
「はい」
 かえではつるぎの許にくる。するとつるぎはかえでに形や演武で使うなぎなたを持つようにと指示をした。
「先輩、何をなさるのですか」
 主将が心配そうな表情を浮かべ、つるぎに聞く。つるぎは優しく主将に微笑み、
「今日はあなたたちに、『しかけ応じ』をお見せしようと思うの。もうすぐ昇段試験と試合があるでしょ。だからしっかりと見てもらうわ」
「でも、西園寺さんと手合わせをされるのは、今日が初めてなのでは……」
「主将、今日の稽古を見ていたでしょ。西園寺さんなら大丈夫よ」
 そう言ってつるぎは主将の心配をよそに、かえでに話しかけた。
「西園寺さん、形は大丈夫ね。昇段試験も受けているのなら、しかけ応じの八本目までできるかしら」
「はい……大丈夫です」
 しかけ応じの形とは、二人一組となって、演武用のなぎなたを持ち、決められた打突、受けを演じるもので、技の試合では、その技の正確さと動きの美しさを競い、試験ではその完成度をはかる。もちろん身体への打突は寸止めである。
 しかし上級者になると、寸止めとは感じられないほど、正確に技が決められる。
「じゃあ、一本目から八本目まで通していくわよ」
「お願いします」
 二人は相対し一礼をする。そして演武が始まった。
 つるぎの気合いの発声で、武道場が凜と引き締まり、それを受けるかえでの声も淀みなく響く。つるぎのなぎなたの動きは早さと正確さを兼ね備え、それを受けるかえでも背の高さから繰り出す技とその動きのキレが演武を引き立てる。しかけ応じは、一本目から止まる事なく流れるように進んでいく。
「主将、西園寺さん――つるぎ先輩の仕掛けに見事についていってますよ」
主将の横に座っている上級生が主将に話しかけた。主将は演武する二人から目を離さず、小さくうなずく。
 しかけ応じが一通り進むと、かえでとつるぎは示し合わせたかのように一本目に戻り演武を続ける。まるで永年切先を交えてきた旧知の友のように。主将はその二人の姿を見てつぶやいた。
「私は西園寺さんがこれほどとは思わなかったわ。そして、彼女の才能を一瞬で見抜いたつるぎ先輩も本当に凄い方だわ」
 主将の言葉を聞き、周りにいる者は全員同意する。その間も、つるぎとかえでの演武は続く。そして、次第に彼女たちは、つるぎとかえでがなぎなたの演武をしているのではなく、二人の天女が仕舞を舞っているかのように見えてきた。
「主将、これはもしかして……」
 上級生の一人が、思い出したかのように主将に向かってささやいた。主将は一つ大きくうなずき答えた。
「これは『つるぎの舞』よ」
「つるぎの舞?」
 かえでの同級生たちは、主将の言葉に反復して問いかけた。
「そう『つるぎの舞』と言うの。つるぎ先輩がされる演武は、そのスピードと技が厳しくて大抵の者は、仕掛けを受ける事ができなかったの。でも、今の西園寺さんみたいにつるぎ先輩について行ける者がいたときだけ、つるぎ先輩の演武が仕舞いを舞うかのように見えるの。
 それを先輩たちは『つるぎの舞』とおっしゃられてたわ。いまここで私たちが見られると思ってもいなかった。あなたたちもしっかりとつるぎ先輩の『つるぎの舞』を見ておくのよ」
 主将の言葉を聞き、武道場にいるものが一斉に返事をした。そして、つるぎのしかけ応じを受け『つるぎの舞』を完成させた数少ない者の一人、西園寺かえでと言う名も、なぎなた部では後々まで語り継がれる事になった。
 しかし、当のかえでは、ただひたすらにつるぎのしかけに応えている。身体が自然とつるぎの動きに合わせてなぎなたが動いていく。そんな事を皆から言われているとは夢にも思ってもいない。ただ、
(つるぎ先輩、すごく綺麗……なぎなたのしかけ応じじゃなくて、まるで舞われているみたい)
 と、心の内で思っていた。そして、演武が終わったとき、かえではつるぎに深々と頭を下げた。
「先輩。本当にありがとうございました」
 つるぎは優しくかえでに微笑みかけ、
「西園寺さん、私はあなたに手助けをしたまでよ。これからはもっと自信を持ちなさい。あなたならできます」
「はい!」
 かえでの目にはもう迷いがなかった。

其の七に続く
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